言うまでもなく、絵から犬の感情がくみ取れるのは最初だけではありません。最後までそうです。ネタばれになってしまうので、捨て犬がどんな結末を迎えるかは書きませんが、『アンジュール』は、ほんのり温かな、後味の良い作品です。
言葉はかなわない
犬の表情、足取り、ポーズ。地平線、雲、影。言葉はないのに、情感はしっかりと伝わってきます。だから、読む側の心にも響きます。
もちろん、著者のガブリエル・バンサンの素晴らしさは、今さら語るまでもないのですが、絵だけの作品が、人の心にこれほど訴えかける現実を前に、文字を書いてなにかを表現する人間のはしくれとしては、「根本的に言葉ってなんだろう」と思わずにはいられません。どんなに言葉を尽くしても、たった一枚の絵にかなわない事実を突きつけられるのですから。
ただそれは、いっぽうで一つの希望にも結び付きます。『アンジュール』は言葉が通じなくとも、使えなくとも、人は他者の心をくみ取り、理解しあえるのでは、という可能性を垣間見させてくれます。これは少々大げさな解釈かもしれませんが、そんな可能性があってほしいと、私は願います。