99年に国際スキー連盟(FIS)公認の初めての国際大会グランドツアーが欧州で実施され、山田さん、葛西選手や欧米勢の30人弱が参加した。2001年には日本チームが発足し、取り巻く環境は変わってきた。だが男子並みのサポートを得られず、コーチが海外に炊飯器を持参し、カレーライスをつくったこともあった。山田さんは「今ある環境で一番になろう」と懸命に歴史をつなぎ、初めて女子が実施された09年世界選手権に出場した後に引退した。
注目を弾みに
欧米の女子選手が粘り強く訴え続け、11年4月に悲願の五輪入りが決まった。ワールドカップ(W杯)実施2シーズン目の昨季、高梨沙羅選手(17)=クラレ=が総合優勝。今や多くの企業から支援を受けるエースは「いずみさんや先輩がいたからこそ五輪を目指せる時代になった」と感謝する。
FIS登録の女子は約230人と少ない。力量差は大きく、普及や競技レベルの向上は今も大きな課題だ。FISのW杯運営責任者、吉田千賀(ちか)さんは「五輪で注目を浴びることがきっかけになれば。劇的に変わるとは思わないが地道に魅力ある競技にしていきたい」と将来像を描いた。