遺体は11~13日に首都プレトリアで公開安置され、15日に故郷の東ケープ州クヌで埋葬される。政府は一連の行事を国葬と位置付けている。
会場には黒人、白人、肌の色が違う大勢の国民の合唱がこだまし、しとしとと降る雨が悲しみを誘った。
「マディバ(マンデラ氏の愛称)」。式典開始直後、競技場に集まった人々がマンデラ氏をたたえる歌を大声で歌った。各宗教の祈りがささげられ、厳かな雰囲気に。
黒人男性のエリアス・マイナメさん(61)は「われわれの文化では、葬儀での雨は、偉大な人物が亡くなったことの証し。マンデラ氏は自由をもたらしただけでなく、和解の大切さを教えてくれた」と言葉に力を込めた。
競技場がある旧黒人居住区ソウェトに暮らす黒人女性、ホープ・マセモラさん(25)は「マンデラ氏は私たちの父。亡くなったのはショックだが、祝って別れを告げたい」と前を向いた。