1973年の三ツ矢サイダーのコマーシャル制作を依頼された大瀧氏は「始まりの音は母音の『あ』で始めてくれ」と作詞家の伊藤アキラ氏に注文をつけたという。そして、生まれたのが「あなたがジンとくるときは、私もジンとくるのです」との歌詞と軽快なテンポの曲だった。糸井氏はそこに「見破られない形で七五調をやる」という大瀧氏が音楽作りに課した決意を垣間見たという。
古今和歌集の序文を書いた紀貫之は「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をもなぐさむるは、歌なり」と書いているが、七五調にこだわった大瀧氏の姿勢にも通じるものがある。
大瀧氏がプロデュースした細川たかしの「レッツ・オンド・アゲイン」や金沢明子の「イエロー・サブマリン音頭」など歌って踊れる音頭には、そうした思いが満載だ。
歌の力を信じて歌で大いに遊んだ大瀧氏。詠一という名の通り、詠むことに徹した人生だった。(気仙英郎/SANKEI EXPRESS)