そのことが奄美大島の大自然や文化とも融合していく。そんなところを映画に撮れればいいなと考えました。そこには生と死が隣り合わせとなっていますよ。2人を取り囲む大人たちの生と死ですよね。
私は25歳のときに「萌(もえ)の朱雀(すざく)」(1997年、第50回カンヌ国際映画祭で新人監督賞にあたるカメラ・ドールを受賞)の脚本を書いたんですが、そのときにはすでに「映画を通して先人たちが遺(のこ)してくれたすばらしい伝統を大切にしていこう」と周囲に言っています。
幼い頃から(母のおば夫婦である)おじいちゃんとおばあちゃんに育てられました。でも私が14歳のときにおじいちゃんは亡くなっちゃった。私の中に先人を敬う気持ちが生まれたのは、その出来事が一番大きいと思いますね。私、思春期の真っただ中で、そんな時に人が死ぬんだということが分かった。