2000年にがんの手術を受けたが復活し、スイス・ルツェルン音楽祭の運営などに取り組んだ。昨年(2013年)10月に来日公演の予定だったが、健康上の理由で取りやめになっていた。
≪演奏家とともに「革新」を希求≫
ラウディオ・アバド氏はあふれる歌心と明晰(めいせき)な頭脳を併せ持った、類いまれな指揮者であった。
世界的に注目を集めるようになったのは、1965年のザルツブルク音楽祭。芸術監督の帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンに招かれたアバド氏は、当時まだ一般的ではなかったグスタフ・マーラーの「交響曲第2番」を振り、センセーショナルな成功を収めたのだ。
マーラーの混沌(こんとん)としたスコアを読み解き、歌心を失わずに再現してみせた若き指揮者は、以後、世界の主要オーケストラ、歌劇場から引っ張りだことなった。