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氷溶け100年前の「南極記録」 スコット探検隊のノート発見

2014.10.25 00:00

南極で一列に並んで歩くアデリーペンギン。氷の中から見つかったノートの主、ジョージ・マレー・レビックは南極滞在中、アデリーペンギンの研究に力を注いだ=2010年12月(芹沢伸生撮影)

南極で一列に並んで歩くアデリーペンギン。氷の中から見つかったノートの主、ジョージ・マレー・レビックは南極滞在中、アデリーペンギンの研究に力を注いだ=2010年12月(芹沢伸生撮影)【拡大】

  • 約100年ぶりに発見されたスコット南極探検隊員のノートの一部(南極遺産トラスト提供・共同)
  • SANKEI_EXPRESS__2014(平成26)年10月25日付EX(終面)

 1912年に南極点に到達した後、隊長ら5人が遭難死した英国のスコット南極探検隊の隊員が約100年前に書き残したノートが、氷の中から見つかった。ニュージーランドの民間団体「南極遺産トラスト」が24日までに明らかにしたもので、11年に南極大陸に上陸した時の基地に残されていたノートが、周辺の氷が溶けたことで発見された。1世紀余りにわたって凍結状態にあったことから、装丁は崩れていたが、書かれた文字は現在でも判読可能だという。「前人未踏の地」に挑んだ人々の壮大なロマンが息遣いとともに伝わるようで、貴重な史料として関係者も注目している。

 ノートはスコット南極探検隊に参加していた外科医で動物学者のジョージ・マレー・レビック(1876~1956年)のもので、1910~13年の探検で使用した。昨年、発見され、最近、レビックのノートだと確認された。

 フランス通信(AFP)などによると、レビックはメンバーが測量機器を使ったり、魚を取るわなを仕掛けたりする様子を写真で記録したとみられ、写真はノートからはがれて見つからなかったが、これらの写真を説明する記述があった。また、日付や気候など日常的な事柄とともに、当時の南極の状況などについて、非常に詳しい記述がなされていたという。

 スコット探検隊の最期を明らかにしようと、7年前から調査を続けている南極遺産トラストのナイジェル・ワトソン理事長は「エキサイティングな発見だ。公式な探検記録に含まれていない部分の記述が多くある」と新発見を評価している。

 ■別グループで沿岸部調査

 英海軍の軍人(大佐)、ロバート・スコット(1868~1912年)に率いられたスコット南極探検隊は、ノルウェーのアムンゼン隊と南極点初到達を競い、1910~13年にかけて遠征を行った。11年12月に到達したアムンゼン隊に一足遅れて12年1月に南極点に到達したが、スコットを含む隊員5人が12年3月に帰路で遭難し、全員死亡した。

 一方、レビックは11年1月の南極大陸上陸後、南極点を目指したスコットとは別のグループで行動し、沿岸部で調査をした。そして、スコットらの遭難を知ると、探検隊の船、テラノバ号で救助に向かおうとしたが、氷に阻まれて身動きが取れなくなり、他の5人の隊員とともに南極の一冬を氷穴の中で耐え忍び、翌年生還した。

 ■温暖化で貴重な史料続々

 南極では近年、海氷は増加し続けているが、逆に陸氷は地球温暖化の影響で加速度的に減少している。このため、南極遺産トラストはこれまでにも、英探検家、アーネスト・シャクルトン(1874~1922年)の探検隊が1908年に南極点を目指した際に持参したウイスキーのボトルが入った木箱を2010年に発見。さらに13年には、シャクルトンが1914~17年の探検の際に紛失した貴重な写真のネガも発見している。

 レビックは南極滞在中、特にアデリーペンギンの生態研究に精を出し、後年、この時の研究成果に基づく論文を発表。ペンギンの同性愛行為や幼鳥の虐待、オスのペンギンによるメスの死骸との交尾などを発見して非常に衝撃を受けたなどと記している。まさか、自らの死後57年を経て、分身とも言うべきノートが氷中から発見されるとは思わなかったに違いない。

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