異界を描き続ける
「人間が生きているということには、自分の力以外にどんなものの力が作用しているか知れない」
水木さんは、1982年に出版した自伝「ねぼけ人生」(ちくま文庫)でこう書いている。先の大戦で激戦地となったパプアニューギニアで左腕を失ったときの回想だ。目に見えないものが常に自分を見、生かされているという信念。生涯を通じて異界を描き続け、「妖怪」という存在を日本人の心に刻み込んだ。
子供の頃、自宅にいたお手伝いさん「のんのんばあ」から聞いた妖怪たちの話に生涯こだわり、描き続けた。「人間死んだらどうなるんだろうと、子供の頃から深く考えた」。死後の世界への好奇心から、弟を海へ突き落とそうとしたこともあったという。
生死の境をさまよったパプアニューギニアへは、71年を皮切りに何度も足を運んだ。2006年に次女の悦子さん(48)らと訪れた際には、高熱に苦しんだ。このときも悦子さんに「あれはねえ、“憑(つ)きもの”だったんだよ。昔から日本にはそういう現象があったといわれているけど、今は忘れられようとしている。もう一度今の世の中に知らせてほしいって、お父ちゃんにメッセージを送ったんだよ」と語っていた。