自転車業界のドンが琵琶湖で「聖地」宣言 82歳カリスマ創業者の深謀遠慮
世界最大の自転車メーカー、台湾・ジャイアント社が日本進出を加速させている。といっても、工場を作るわけではない。日本の自治体と観光振興で手を結び、サイクリングコースを開発したり、台湾から旅行者を呼び込んでインバウンドに貢献したりと、日本の自転車人気の盛り上げに一役買っているのだ。5月には滋賀県・琵琶湖を新たなターゲットに定め、創業者のキング・リュウこと劉金標会長(82)が来日。自ら湖畔を快走し、「サイクリングの聖地にする」と宣言した。(大阪経済部・上野嘉之、産経デジタル・澤野健太)
自転車界のドン
劉会長は、一代で台湾を自転車王国に変えた立志伝中の人物で、世界の自転車界のドンともいわれるカリスマ経営者だ。
ジャイアント社は、自社ブランド「GIANT」と女性向けブランド「Liv」(リブ)が展開する低価格・高品質の製品で世界の自転車市場を席巻。日本でもクロスバイク、ロードバイクなどの人気が高い。また、世界各国の主要なスポーツ自転車メーカーにカーボン製やアルミ製のフレームをOEM供給し、市場に広く深く浸透している。
さらに、同社がサポートするサイクルロードレースチーム「ジャイアント・アルペシン」と女子チーム「ラボバンク・リブ」は、ツール・ド・フランスなど世界最高レベルのレースで数々の勝利を挙げている。キング・リュウが築いたジャイアント王国は、自転車界の頂点を極めている。
このように業界に強い影響力を持つ劉会長が5月20日、琵琶湖へ乗り込んだ。目的は、サイクリングコースをアピールするためだ。
滋賀県知事らが伴走
82歳と高齢ながらロードバイクをさっそうと乗りこなし、長距離サイクリングも平気という劉会長。この日は滋賀県の三日月大造知事、同県守山市の宮本和宏市長ら総勢40人余りとメディアの取材陣を従え、出発地のリゾートホテル「ラフォーレ琵琶湖」(守山市)からペダルをこぎ出した。
コースは、サイクリングの初心者もベテランも楽しめる湖の景観が魅力だ。穏やかな水面や湖西の山々を眺めながら、しっかりとしたペダリングで進む劉会長。後ろには三日月知事やジャイアント社幹部らの長い列が続いた。
約15キロ走って到着した長命寺港(滋賀県近江八幡市)からは、自転車を小舟に乗せて湖を渡る「漁船タクシー」を体験。湖面を進む劉会長は、カメラに向かって何度も両手を振るなどご機嫌だった。
聖地へ「条件はそろった」
しかし、ただ物見遊山に来たわけではない。漁船タクシーに続いて乗船した観光船では、自転車の前輪を外して専用キャリアに固定する様子を見て「専用キャリアが必要なほど揺れるのか? 乗り降りに時間がかからないほうが良いのでは」と、経営者らしく問題点を指摘した。
一行はスタートから3時間余りでゴール。取材陣に囲まれた劉会長は、「景色には十分満足した。サイクリングの聖地にするためにやることはいっぱいあるが、条件はそろっている」と語り、「聖地」として売り出す考えを公言した。
劉会長が指摘する条件とは、サイクリストに愛される景観に加え、サイクリングに適した気候風土、コースの魅力、地元のグルメ、交通アクセス、宿泊施設、住民や自治体の協力…など多岐に渡る。琵琶湖にはそれらがそろっていると、世界一の自転車メーカーのトップがお墨付きを与えた瞬間だった。
台湾人を琵琶湖へ誘致
実は、ジャイアントが日本の地方自治体と手を組むのは、琵琶湖が初めてではない。劉会長は2012年にも来日し、広島県と愛媛県を結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」を走って、両県と共にサイクリング振興に取り組んだ。その後、しまなみ海道のサイクリングコースの人気は爆発的に高まり、今では日本最大級の国際サイクリングイベント「サイクリングしまなみ」を両県の主催で開催するまで盛り上がっている。
また、富山湾のサイクリングコース開発でも、ジャイアント社が富山県に協力し、新イベント開催に結びつけた実績がある。
しまなみ海道、富山湾、そして琵琶湖には共通したポイントがある。それは、最寄りの空港へ台湾からの直行便が就航し、台湾人が気軽にサイクリングの旅を楽しめることだ。ジャイアント傘下の旅行会社「ジャイアント・アドベンチャー」(捷安特旅行社)は日本向けツアーを数多く組んで、大勢のサイクリストを日本に送り込んでいる。
そんなジャイアントが目を付けた琵琶湖は、台湾にはないダイナミックな景観が特徴だ。島の面積が九州と同じくらいで山がちな台湾には、琵琶湖ほど広い湖はない。雄大な湖畔をひた走る快感や、舟に自転車を載せて湖を渡る冒険のような体験は、台湾人サイクリストに「飛行機に乗ってでも行きたい」と思わせる魅力にあふれている。
そして、自転車大国・台湾の人々に一目置かれる琵琶湖は、他の国々のサイクリストにとっても魅力的なコースであることは間違いない。
「ビワイチ」で観光振興
もともと滋賀県と県内市町村は、琵琶湖一周サイクリングを「ビワイチ」の愛称で売り込むPR作戦を展開してきた。2012年には、県が「ビワイチ」のキャッチフレーズを公式に認定し、ロゴマークも作成。その後、湖岸へ駐輪スタンドの設置を進めたり、トラブルに対応する民間の「レスキュー隊」が発足したりと環境整備が進んだ。
しかし、しまなみ海道のような人気急上昇には至らず、地元関係者はさらなるPRのきかっけを求めていた。そこへジャイアントが乗り出し、日本国内はもとより、インバウンド需要もつかむ大きなチャンスが訪れた。サイクリング拠点を目指す守山市の宮本市長は「しまなみ海道に追いつき、超えるような、世界一のサイクリングコースにしたい」と意気込む。
シャープ買収「鴻海」と異なるソフト路線
自転車産業は、もともと台湾よりも日本の方が先行し、1980年代までは日本国内にさまざまな完成車メーカーやパーツメーカーが群雄割拠していた。しかしその後、台湾や中国のメーカーが低コストを武器に世界市場で台頭。いつしか技術力でも日本を脅かし、今では日本で販売される自転車の大半が台湾・中国製で、日本メーカーは後塵を拝する形となった。
その構図は、家電メーカーに似通った一面もある。かつて世界に君臨した日本の家電メーカーは、韓国や台湾などアジア勢に押されて業績が悪化。シャープは台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されることが決まった。
鴻海とシャープをめぐっては、過去に鴻海による出資の約束が実現しなかった経緯があり、買収が決まった現在もシャープ従業員の雇用維持などで鴻海側の方針が明らかになっていない。シャープ側は鴻海のカリスマ創業者“テリー・ゴウ”こと郭台銘会長の意向に神経をとがらせ、静かな緊張状態が続いている。
これに対しジャイアントは、自治体とがっちり手を組むなど、まったく異なるアプローチで日本に浸透しつつある。劉会長自身が親日家で、日本滞在中はほとんど日本語で話し、メディアの取材にも日本語で気さくに応じるなど“ソフト路線”を貫く。
ジャイアント幹部が「劉会長が走ったところは、必ずサイクリングの聖地として人気が出る」と断言するほど影響力のあるキング・リュウ。琵琶湖をサイクリングした直後には、「皆さんと歴史を書きながら進んでいる」と語り、日台で足並みを揃えて取り組んでいることを強調した。
そんな劉会長の姿勢には、日本のサイクリング文化の発展が自社、そして自転車業界全体のメリットになるという、業界のキングならではの深謀遠慮がにじみ出ている。
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