現行市販FF最強エンジンを積んだプジョー・308の走りに迫った前回に引き続き、今回は内外装、使い勝手について掘り下げる。(文と写真:Web編集室 小島純一)
猫の皮をかぶった獅子
全体的なシルエットは、標準モデルと大きく変わらない。専用装備は19インチの大径アルミホイール、左右2本出しのマフラー、フロントグリルを縁取る赤いライン、控えめなサイズのサイドスカートにフロントフェンダーとバックドアに光る「GTi」エンブレム…と機能性パーツや加飾も必要最小限に留められている。クルマに詳しくない人には、ごく普通のハッチバックにしか見えないだろう。
スポーツモデルの存在感を示す派手めのアピールが欲しいユーザーには物足りないかも知れないが、足代わりにもなるクルマだから、このくらいのほうが気恥ずかしくなく普段使いできていいとも思う。あるいは「羊の皮をかぶった狼」的なポテンシャルを秘めた奥ゆかしさに所有欲をくすぐられるユーザーもいるかもしれない。いや、ライオンをエンブレムに戴くプジョーだから「猫の皮をかぶった獅子」ということになるのかな。
アグレッシブな見た目を求めるなら、車体の前後でダークレッドと黒に塗り分けたクープフラッシュというオプションカラーを選ぶといい。コントラストの強い大胆なカラーリングは、街の視線を釘付けにするはずだ。今回お借りした試乗車はマグネティックブルーという、ほんの少し紫が入ったように見える深みのあるカラー。前回の記事でトップに使った写真でもわかるとおり、夜の場面が似合う大人の色である。
並走するクルマからの眺めでもっとも主張が強いのは後ろ姿だ。真後ろから見ると、そのオーソドックスなハッチバックスタイルの足もとにチラつく横幅235ミリの極太タイヤから、ただならぬ雰囲気が漂う。
フランス車としてはもっともコンサバ
ボディデザインは、フランス車としてはもっともコンサバティブ。フランスの他メーカーであるルノーやシトロエン(DS)などと違って、国産車のデザインに馴染んだ日本人の目にも抵抗なく受け入れられる、いい意味でのおとなしさが特徴だ。それでいて、国産車とは異なるオーラもそこはかとなく発しているから、輸入車オーナーの優越感もちょっぴり味わえる。人間に例えるとハーフっぽい地味めの優等生という感じ。「あんまり目立つのは恥ずかしいけれど、輸入車には乗ってみたい」という微妙なニーズに合致する点で、独フォルクスワーゲンとユーザー層が重なる。
そう言えばGTiというネーミングは、VW・ゴルフが元祖(VWではGTIとすべて大文字表記)。わざわざ同じグレード名にしているのは当然ライバルとして意識しているからだろう。
ボディの大きさは競合の欧州Cセグに準ずるもので、ゴルフをはじめ、ベンツ・Aクラス、BMW・1シリーズ、アルファ・ジュリエッタ、ルノー・メガーヌ、ミニ・クラブマンなどとほぼ同等のスリーサイズ。全長と全高はともかく、横幅は180センチを少し超える。5ナンバー車からの乗り換えだと最初は大きく感じるかもしれないが、運転席からの視界が良好だから慣れるのにそう時間はかからないだろう。
ハンドル小っさ!
ドアを開け乗り込むと、最初に目につくのは小ぶりなハンドルとメーターだ。トップに赤いラインが入り下側が平らになったD型でゆるい楕円形状の革巻きハンドルは、標準的なサイズから2回りほども小さくかつ握りは太め。あたかもレース仕様のようで、気分が盛り上がる。メータークラスター右側に設置された回転計の指針は逆向き(反時計方向)に動き、左のスピードメーターと並んで左右から中央に向かって指針が上昇していくのが面白い。
ほかのインパネ各パーツも作りが小さめ。縁取りを尖らせたシャープなデザインに統一感があって、品が良いのに凡庸ではなく他のどのメーカーとも似ていないオリジナリティが感じられる。押し付けがましくないオシャレさもあり、はつらつと働く大人の女性にも似合いそうな雰囲気。
助手席側のダッシュボードには赤いステッチが入っており、一見革張りか(実際は軟質樹脂)と思うような質感向上に一役買っている。この赤いステッチはドアの内張りにもあって、こちらは肘掛部分が革張りになっている。
操作系すっきり タッチパネルに機能集約
少し引いた視点で内装全体を眺めると、液晶タッチパネルに機能を集中させて、インパネからボタンやダイヤル類を極力排したシンプルなセンタークラスターが印象的だ。操作部の少ないすっきりしたデザインは、未来的にすら感じられる。
空調の温度設定すらタッチパネルに集約させるというのはかなり思い切った考え方で、運転中に操作しなければならないときに視線を液晶に移さねばならないタッチパネル式よりも、手探りで操作できるダイヤルのほうがいいという意見もあると思う。一方で、液晶はフロントウインドウに近い位置だからむしろ安全だし、温度設定を自動にしてしまえばそもそもエアコン操作の頻度が少ないから問題にならないという見方もできる。このあたりの割り切り方は、ベンツGLCのシフトスイッチにも通じる欧州的な合理性から来るものかもしれない。
メタボでもゆったりなのに横Gバッチ来い!なシート
前席はバケットシートなのだが、乗り降りがスムースにできて座り込んでも脇を押さえ込まれるような窮屈な感じがまったくない。バケットシートのクルマに乗るといつも脇腹にこびりついた脂肪の存在を意識させられるメタボ予備軍の私が、リラックスしてゆったり座れてしまう。
ワインディング走行これで大丈夫かいなと思ったが、実際走ってみると急カーブで横Gがかかった時のサイドサポートは申し分なく運転姿勢をしっかり保つことができた。これまで【試乗インプレ】で取り上げてきたクルマのシートでは、スバル・レヴォーグの印象が最も良かったけれど、今回の308は同等かひょっとするとさらにいいかもしれない。
後席でも圧迫感少ない室内空間
前席は素晴らしい出来のシートと3ナンバーサイズの余裕の横幅で広くて快適。しかも、小径ハンドルが膝回りや視覚的な窮屈さも軽減してくれて一石二鳥である。
後席は大人2人が余裕をもって座れる足元スペースがある。前後に長いリアウインドウが顔の真横まで視界を開いてくれているおかげで圧迫感が少ない。リアウインドウが前後に長いということは後席ドア開口部の上側も広くなるわけで、乗り込む時に頭をあまりかがめる必要がないというメリットもある。
後席シートは肉厚もあり硬さもほどよいので上々の座り心地。少し背もたれの角度が立ち気味に感じられたが、長距離ドライブではむしろこのほうが体全体の疲れは少ないかもしれない。
荷室はフラット、後席は右4:左6の割合で分割して倒し荷室を広げられる。全部倒した時のスペースや倒した後席が真っ平らにならないのは他の競合車種と同等だが、段差ができてしまうのはややマイナスポイント。
ニホンゴ、デキマセ~ン
最大の難点は、インフォテインメントシステム。フランス本国仕様のままなので、欧州の言語にしか対応しておらず、後付けの日本製ナビを装着しない状態では日本語表示ができないのだ。仮に日本製ナビを装着した場合でも、車両情報など、クルマ本体に内蔵されたコンピュータ由来の情報表示は日本語に対応しない。例えば、パーキングブレーキ動作時はON、OFFがメーターパネル中央のサブ液晶画面に表示されるが、これは日本語にはならない。
ただ、さほど難しい単語が使われているわけではないし、定型文言が表示されるだけなので、多少英語(またはフランス語やドイツ語、イタリア語など)が理解できるなら、慣れで克服できるだろう。
本国仕様の左ハンドルに四苦八苦?
欧州仕様と言えば、写真を見ておわかりのとおり今回の試乗車は左ハンドルだった。これはたまたまそうだったというわけではなく、GTiは左ハンドルしか設定がないのである。
私自身左ハンドルのクルマを運転するのは10年ぶりくらいで、慣れるまでに少々時間がかかった。一番の問題は車両感覚。右ハンドルのクルマに慣れているので、ついつい車線の右寄りを走ってしまう。自分の体が車線内のどのあたりにあれば車体が車線中央に収まるか、という感覚が身についているからだろう。いつものように自分の体を車線右側に持ってこようとすると、左ハンドルだから当然車体は思いっきり車線右側に寄ってしまう。気がつくと、車線から右に少しはみ出して走っていて慌てて修正…ということが何度かあった。
左側の車線に近づくよう意識して走ること小一時間。正直少し気疲れしたものの、徐々に慣れてきて、試乗が終わるころには不安はなくなっていた。
左ハンドルならではのちょっとした失態はほかにも。シフトを動かそうとして左手をドアにぶつけたり、窓を閉めようとして右手でパーキングブレーキスイッチを引いてしまったりということがあった。クルマの運転操作がいかに反射的な動作の連続によって組み立てられているかが非常によくわかって、実に興味深かった。また、いろいろトチりながらも、右ハンドルの輸入車でお約束の「ウインカーを動かそうとしてワイパーが…」という操作間違いが一回もなかったのも面白かった。左ハンドルでウインカーレバーが左というのはやはり理にかなっているということか。
有料道路で現金払い どうするどうする?
左ハンドルで有料道路を走ったのは初めてで、現金精算で料金を支払う時どうするんだろうという小さな不安があった。が、実際やってみると何のことはない、料金所の係員さんがブースから出てきてくれるので、右側の窓ごしに支払いができる。もちろんETCに対応した道路ならETC機器を装着すれば何の問題もない。
欧州車の本国仕様は英国を除いて本来すべて左ハンドルである。エンジンやミッション、モーター、バッテリーなど重量物の搭載位置を含めて、すべて左ハンドルで最適なバランスになるように作られている。だから厳密に言えば欧州車の真価は左ハンドル仕様でしか味わえない。もっとも私のような素人では乗り比べてもその差異はわからないかもしれない。それでも本来あるべき仕様で乗れることは、クルマ好きにとって気持ちの上でも満足度が高いだろう。
GTiは下位グレードの250も含め左ハンドルのマニュアル仕様しかないが、既に書いたようにマニュアルについては運転しにくさはまったくないし、左ハンドルについても丸一日も乗っていれば確実に慣れてくるので、購入を躊躇するほどの高いハードルではない。
1台で2通り楽しむならリーズナブル
日本にも多くの車種が輸入されライバルの多い欧州Cセグの中の一車種として308を見た時、ベース車両のパッケージに不足はない。ドイツ勢とも十分戦える資質を持っているし、プジョーならではの持ち味もしっかりある。そのうえで現行市販FF最強のエンジンとサーキット志向のチューニングを施したGTiの価格は、今回試乗した上位グレードの270が436万円、下位グレードの250で385万円。この2車種でライバルであるルノー・メガーヌ RS、VW・ゴルフGTIの価格をまたぐような設定になっている。いずれも車格からすると安いとは言えない値段である。しかし公道で持て余すほどのポテンシャルをいつかサーキットで解き放ちたいと考えるユーザーであれば、リーズナブルと言えるかもしれない。サーキットでの奔放な走りと、サーキットまでの道のりの両方を1台のクルマで楽しめるのだから。(産経ニュース/SankeiBiz共同取材)
■基本スペック
プジョー 308 GTi 270 by プジョー・スポール 6MT
全長/全幅/全高(m) 4.26/1.805/1.455
ホイールベース 2.62m
車両重量 1,320kg
乗車定員 5名
エンジン DOHC直列4気筒ターボチャージャー付
総排気量 1.598L
駆動方式 前輪駆動
燃料タンク容量 66L
最高出力 200kW(270馬力)/6,000rpm
最大トルク 330N・m(33.7kgf・m)/1,900rpm
JC08モード燃費 15.5km/L
車両本体価格 436万円
■試乗車協力
大阪府大阪市西区北堀江1-19-8