気分は宇宙飛行士? 雲海の上の大絶景 JALがスーパームーンで「空育」
先日、世間で大きな話題となった「スーパームーン」は、満月が普段より地球に近づくことでひと際大きく見えるという天文現象。今年は68年ぶりに地球へ最接近したということもあって、事前からたくさんのメディアに取り上げられた。筆者は幸運にも日本航空の特別イベントに参加し、チャーター機ではるか上空から真円を拝む機会に恵まれた。観賞できなかった人たちのためにも、千載一遇の体験記を紹介する。(文・写真 大竹信生)
2時間の特別フライト
この日、筆者が参加したイベントは、日本航空が日本初の民間月面探査チーム「HAKUTO」とともに実施した『スーパームーン観賞チャーターフライト』という企画。成田空港を飛び立ち宮城県上空を旋回しながらスーパームーンを観賞し、成田に帰着するという約2時間の特別フライトだ。
参加者は一般応募で当選した親子連れ44名のほか、東日本大震災や熊本地震の被災地から招待した小学生など計112名。このイベントは、子供たちに「空」を通じて様々な形の“未来”を考える機会を提供するために日本航空が発足させた『空育(そらいく)』というプログラムの第一弾として実施されたのだ。
成田空港行きの特急電車を降り、指定の搭乗ゲートに到着すると、すでにたくさんの小学生が客室乗務員と記念撮影をしたり、HAKUTOの月面探査ロボットの試作品を操縦して楽しむなど、主催者側と参加者が一緒になって盛り上がりを見せていた。フライトの時間が近づいても子供たちに緊張した様子はなく、みな一様に笑顔。お父さんやお母さんはそんな我が子のかわいらしい瞬間を逃さないよう、一生懸命にカメラのシャッターを切っていた。
フライト直前に機長があいさつ
当日14日夜の日本列島は一部地域を除いてあいにくの曇り空。「楽しみにしていたのに見られなかった…」なんて人も多かったと思うが、飛行機に乗り込む前に、今回のフライトを担当する人見徹機長がマイクを取り、参加者の前であいさつをした。
「今日は雲があるおかげで、雲海の上に浮かぶ黄金色に輝く月が観賞できるかと思います」
これから飛行機に乗る子供たちにとって、人見機長はとってもカッコよく映ったのではないだろうか。私たち大人にとっても、たくさんの命を預かって空を飛ぶパイロットは尊敬する存在で、羨望の眼差しを向けていたりするのだから。
さて、いよいよ搭乗時間が迫ってきた。出発は辺りが暗くなり始める16時30分だ。ゲートを通った子供の中には、興奮や喜びを隠せずにピョンピョンと飛び跳ねたり、小走りで飛行機に向かう子もいた。荷物を抱えながらあとを追う親はけっこう必死だ。
機材は座席数237席のボーイング767-300。筆者は23列目のシートに着席した。前後を見渡すとほぼ満席のようだ。ちなみに便名は「JAL8910」。すぐに気づいた方は鋭い。そう、8910=HAKUTO(ハクト)だ。客室乗務員は7名で、全員の名前に「月」「星」「白(=白兎)」のいずれかが入っているという。なんとも洒落のきいた演出だ。
ついに離陸、北の空へ
定刻から少し遅れて成田空港を離陸した。機体は北に向かってぐんぐんと高度を上げていく。外に広がる景色が遠くなり、そのうち空は暗くなっていった。機内は想像以上に静か。子供たちはみな無言で窓の外を見つめているようだ。
やがて飛行機は厚い雲の中に突入し、筆者は搭乗時に受け取った弁当を掻き込んだ。雲の中では乱気流による揺れもあったが、いったん雲の上に出ると機体の揺れはピタリと収まり、シートベルト着用のサインが消えた。
しばらくすると、機体の右列に座っている参加者たちから「月が見えた!」という声が聞こえてきた。真ん中の列に座っていた筆者も右側の席に移動して窓の外をのぞくと、窓の片隅にきれいに輝く満月が視界に入った。
「あれがスーパームーンか…」
世間では、今年最も小さく見えた満月に比べて3割ほど大きく、いつもより明るく見えることが話題となっていた。筆者もそこに注目していたが、むしろ第一印象は、プラチナ色に輝く宝石のような「美しさ」だった。
どこまでも広がる雲海と大きな空の中では比較対象などなく、満月の大きさを実感しづらいが、そんなことはどうでもよかった。とにかく、息を呑むほどに美しい。ここは上空3万8000フィート。メートルに換算すると1万メートルを超えた辺りだ。地上に比べて大気の透明度が高いということもあり、澄んだ空気の先に浮かぶスーパームーンは格別に美しい。イベントの翌日にいろんな人から「スーパームーンはどうだった」と聞かれたが、筆者がとにかく強調したのが、いつも地上から見ている満月よりも鮮明に輝くその美しさだった。
カメラを片手に機内を歩いてみた。窓の外の光景にくぎ付けになる子供たちと、スーパームーンを夢中に撮影するお父さんやお母さん。テレビ取材に応じる子供もいる。笑顔を浮かべて嬉しそうにお父さんに語り掛ける子供と、それを優しい目で見つめる父親の姿がとても印象的だった。
“邪魔”できない雰囲気に
取材としては失格かもしれないが、親子の睦まじい姿を見ていると、“部外者”としては声を掛けようという気持ちにどうしてもなれなかった。ただ、それでは仕事にならないので、彼らの会話に耳を傾けて言葉を拾うことに徹した。一番耳にした言葉は「すごいきれい」。純朴な子供たちの率直な感想だ。
飛行機は宮城県上空を旋回し、成田空港を目指して帰路に就いた。スーパームーンをじっくりと眺めることができたのは20~30分だっただろうか。約2時間のフライトを終えるとチャーター機は無事に成田空港に着陸。そのままタラップを降りてバスに乗り、格納庫へと移動した。子供たちはここで折り紙ヒコーキを飛ばすなど様々な遊びに興じ、最後に集合写真を撮ってイベントは終了。参加者はお土産を受け取りニコニコ顔で解散となった。
成田空港に戻ってきた時の感想は、「たった2時間前にここを出発して、ついさっきまであの雲の上にいたんだ」ということ。短時間で上空に上がりスーパームーンを眺めて帰ってくるなんて、ロケットの宇宙旅行も斯くや、と思えるほどに濃密で貴重な体験となった。同じ便に搭乗していた日本航空のスタッフもみな満面の笑みを浮かべていた。彼らだってこんな経験はそうそうできるものではないだろう。
「世界や宇宙のことを考えるきっかけに」
日本航空の代表取締役専務、大川順子氏はイベント終了後、「子供たちが自分の未来だけでなく、日本や世界、地球についていろんな考えを馳せてくれれば嬉しい」と今回の企画の意義を語り、今後の取り組みについても「宇宙や環境について何かできればいいと思う。世界と交流できると、子供たちの夢が広がるきっかけになると思う」とアイデアを膨らませていた。
今回招待された子供たちは今頃、友達たちの間で「宇宙飛行を終えたヒーロー」のような扱いを受けているのではないだろうか。ひょっとしたら、成田に戻った時に「宇宙飛行士になりたい」と思った子供がいたかもしれない。彼らがチャーター機で少しだけ宇宙に近づいたことは間違いないのだ。
完全に余談だが、イベントの翌朝に筆者の7カ月になる娘が、取材でもらった日本航空のチケットホルダー付きネックストラップを首にかけて遊んでいた。もうちょっと大きくなったら、今度はプライベートで娘と『空育』のイベントに参加しようかな、なんて考えてしまった。
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