1940年代後半には、空軍の長距離ジェット爆撃機B-36を量産するか、海軍の空母「ユナイテッドステーツ級」を建造するかの予算措置を巡って政府・空軍と海軍が対立。最終的には「太平洋戦争の勝利は海軍の空母によるものだ」などと空母建造を強硬に主張した海軍幹部が複数処分(解任)された。後に「提督たちの反乱」と呼ばれるこの事件では、結局、空母建造計画が葬られた。
空母の復権
しかし朝鮮戦争(1950-53)で、こうした考え方に変化が生じた。
朝鮮戦争前の米国では、次に起こる戦争は西側諸国と東側諸国が互いに核兵器を使う第三次世界大戦だと考えられ、核戦力の強化が急務とされた。
ところが朝鮮戦争の勃発で「この戦争を第三次世界大戦につなげてはならない」という現実的な方向に転換した。北朝鮮軍に代わって戦う中国軍に対し核兵器を使うべきだと主張したダグラス・マッカーサー元帥は解任され、後任のマシュー・リッジウエイ将軍と大統領のハリー・トルーマンは戦争を朝鮮半島より外に広げない「限定戦争」とする。これにより核兵器以外の、空母や戦闘攻撃機など通常兵器の重要性が見直されることとなった。