日本、イラク権益を拡大へ 「日の丸油田」市況が逆風

原油安と世界

 2月24日午後、経済産業省11階の大臣室で、イラクのアブドゥル・マフディー石油相はこう切り出した。

 「経済面で両国の協力関係をさらに深めたい」

 テーブルをはさんで向かい合うのは林幹雄経産相。原油価格の下落で産油国の財政は厳しく、イラクもその例外ではない。石油相自ら石油開発やインフラ整備などの直接投資を呼び込むために来日したのだ。

 イラクの確認原油埋蔵量は約1442億バレルと世界5位を誇るが、生産は日量約324万バレルの6位にとどまる。それだけ手つかずの油田も多いとされる。

 2010年6月に閣議決定したエネルギー基本計画は、日本企業が権益を持つ自主開発油田の比率を、14年度の24.7%から、30年度に40%以上に引き上げることを盛り込んだ。だが、イラクからの輸入はまだ2%程度にとどまる。

 原油収入の拡大をもくろむイラクと、権益や調達先を増やしたい日本。原油価格の下落により、石油相自らが経済協力を求めて訪日する現状は、日本の資源外交にとって追い風でもある。林経産相は笑顔で「イラクの発展に官民挙げて貢献したい」と応じた。

 ◆動く中国

 イラク南部の中心都市バスラの北西約300キロ。羊などが放牧され、麦畑が広がる牧歌的な雰囲気が漂うこの地に、日本の石油資源開発が参画する「ガラフ油田」が広がる。

 現在は日量10万バレル、将来的には日量23万バレルを生産する。同油田は09年12月、石油資源開発がマレーシアの国営石油大手ペトロナスと共同で開発権を取得し、13年8月から生産を開始した。イラク戦争後では初の“日の丸油田”だ。石油資源開発の中山一夫専務は「(イラクとの)長年の技術協力による信頼のたまものだ」と説明する。

 石油資源開発は20年以上前からイラク政府と共同で同油田周辺の地質調査を実施した。どこを掘れば石油が出るかを詳細に分析したデータを武器に、ペトロナスやロイヤル・ダッチ・シェルと共同で入札に臨む予定だった。

 しかし、入札直前でシェルが離脱。シェルの出資分を肩代わりしたペトロナスが開発計画から生産、交渉まで全ての主導権を握る最大権益者(オペレーター)となった経緯がある。

 このガラフ油田に関連したプロジェクトに今年2月、中国企業の参入が決まった。中国石油天然気集団傘下の中国石油天然気管道局は、ペトロナスから採掘用の水処理施設の建設・試運転の契約を受注したのだ。この契約は直接、石油の権益につながるものではない。だが、将来的にガラフ油田が外部から新たな出資を受け入れる際、こうした受注実績は、国を挙げて資源獲得を目指す中国企業の武器ともなり得る。

 資金力や技術力で勝る国際石油資本(メジャー)に対抗し、日本企業が国際的な資源獲得競争を勝ち抜くためには、政府の支援が不可欠だ。

 原油価格の下落は、産油国との関係強化や資金支援など、資源外交にプラスに働く。だが、それは市況に左右される一時的なものにすぎない。

 恒常的な日本の競争力につなげるためには、油田の権益獲得拡大や輸入先の多角化が急務だ。

 2月2日、自民党本部で開かれた資源・エネルギー戦略調査会の資源戦略委員会。出席した議員の一人は「原油価格の下落は、日本にとって神風だ」と強調した。エネルギーの大半を輸入に頼り、日量約450万バレルの原油を消費する日本にとって、原油安はおおむね利益となる。

 原油輸入額が前年比で4割以上減少した結果、15年の貿易赤字は前年比約10兆円縮小した。油田権益の確保などに関しても「今後、財政難に陥った産油国が権益を安値で放出する可能性がある」(大手商社幹部)との声が少なくない。

 だが、日本の資源戦略にとって大きなデメリットがある。原油安により、資源開発にあたる企業の多くで業績が悪化し、権益獲得に向けた投資の動きが鈍りつつあるのだ。

 16年3月期の決算で国際石油開発帝石は前期比で33%減、石油資源開発は82%減と、それぞれ最終減益を見込む。

 石油資源開発の渡辺修社長は「今の原油価格の水準が3年続く前提で、各プロジェクトを見直している」と打ち明ける。

 同様に国際石油開発帝石も16年3月期は開発・探鉱などの投資額を前期比で約5%減の88億6700万ドル(約1兆円)とし、来期も減らす見通しだ。由井誠二副社長は「(可能性の高い案件に)探鉱を厳選する」という。原油価格の低迷は、日本企業の新たな「日の丸油田」獲得の妨げとなっている。

 ◆投資停滞に危機感

 原油など資源価格の下落を踏まえ、経産省は今年2月、ほぼ半年ぶりに総合資源エネルギー調査会の資源・燃料分科会を再開した。資源開発の停滞が懸念される中、新たな資源燃料政策を6月にも取りまとめるためだ。

 委員を務めるJXホールディングスの木村康会長は「原油安で開発投資が滞れば、いずれ供給が足りなくなり、原油の高騰や安定調達に支障を来しかねない」と危機感を募らせる。

 政府は16年度予算案に海外の石油・天然ガスの権益獲得費用として560億円を計上している。商社や資源企業が海外権益を取得する際に、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が共同出資する制度に充てるものだ。

 しかし、産業界や有識者からは、JOGMECや国際協力銀行(JBIC)などを通じたリスクマネーの供給を、さらに拡大するよう求める声が相次いだ。資源投資に対する企業の懸念は根強く、新たな権益確保には、政府による開発資金の供給強化や税制面での優遇などの措置が不可欠だ。

 ただ、こうした政策の予算化や税制措置には時間がかかり、市場の急激な変動に即応できない。原油安局面の現在だけでなく、市場が今後反転した際にも、原油の安定調達につながる施策を並行して進める必要がある。

 ◆調達先を多角化

 3月上旬、米テキサス州の南東部に位置するヒューストン港。ポンプの低い音とともに、褐色の原油がパイプを通じて船に積み込まれた。原油価格の指標としても知られる米国産の軽質原油(WTI)だ。コスモ石油は日本勢で初めて、WTIの輸入に踏み切った。

 米国が原油輸出を40年ぶりに解禁したことを受け、コスモ石油は30万バレルを調達する。南アフリカの喜望峰経由で約50日かけ、5月にはコスモ石油千葉製油所(千葉県市原市)と四日市製油所(三重県四日市市)に到着する予定だという。

 足元の原油価格は1バレル=38ドル前後と依然、安値水準にある。ただ、中東産油国では対立や紛争などの地政学的リスクから「いつ原油価格が跳ね上がってもおかしくない」(元売り大手)とされる。

 一方、米国のシェールオイルは、技術革新などにより生産コストが1バレル=30ドル以下の油田も出始めた。コスモ石油幹部は「調達先を増やし、将来のリスクに対応する」と話す。

 産油国との多角的な関係をいかに構築するか。

 原油価格が低迷する今こそ、日本の資源政策のあり方が問われる。