中国の5カ年計画 「中所得国の罠」は回避可能か
視点□産経新聞論説副委員長・長谷川秀行
年明けに92歳で亡くなった元経済企画庁(現内閣府)長官の宮崎勇さんは、経企庁で経済白書の執筆などに携わった官庁エコノミストの草分け的存在だった。
その宮崎さんから、経企庁の課長補佐時代に担当した1960年の国民所得倍増計画について聞いたことがある。
当時の経企庁が10年間の計画期間で想定したのは年平均7.2%の成長だった。これは、経済規模の倍増に必要な伸びを逆算して得られる数値である。
最終的には、もっと強気でいくべきだという政治判断により「当初3年間は平均9%」を目指すことになったが、実際には平均11%以上もの高度成長を果たした。
「(計画策定時には)足元の景気が強かったが、それがずっと続くとは思っていなかった」。予想外の躍進について、宮崎さんが述懐していた姿が思い出される。
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このときのように計画が上振れするならよいが、正反対の「計画倒れ」を懸念せざるを得ないのが今の中国ではないか。
中国は2020年までの5カ年計画で、国内総生産(GDP)の年平均成長率を「6.5%以上」とする目標を掲げた。中国には20年のGDPを10年比で倍増する計画がある。6.5%以上の成長は、その達成に必要な伸びだ。日本の所得倍増計画で当初みられたのと同様の根拠である。
李克強首相は「改革さえ堅持すれば、中国経済にハードランディングはない」と計画の達成に自信を示した。この言葉は信頼に足るものなのだろうか。
言うまでもなく、政権の思惑通りに成長率の長期目標が達成される保証はない。むしろ、現実の経済は想定外の軌跡を描きがちだ。目まぐるしく変化する国際経済を踏まえれば、なおさらである。当てにならないと言えば、言い過ぎだろうか。
ただでさえ、中国のGDP統計は経済実態を反映していないとされる。それをもとに倍増計画を掲げたところで、内実が伴わなければ、減速する中国経済に対する世界の不安は払拭されまい。
高度成長期に先進国の仲間入りを果たした日本とは異なり、今の中国が警戒しているのは、途上国から高所得の先進国へと発展段階が進む前に成長が足踏みする「中所得国の罠(わな)」に陥ることである。
これは、世界銀行が07年に指摘した傾向で、多くの途上国にみられる。人件費上昇や技術進歩の停滞、産業高度化の遅れなどが原因とされ、「罠」にはまらなかったのは、日本など一部の国だけだ。
経済規模が世界2位まで巨大化した中国も、1人当たりGDPでみると、いまだ1万ドル(約114万円)に及ばない。「罠」への危機感は強く、李首相が全国人民代表大会で「中所得国の罠を克服する重要な5年間だ」と述べたのも、その表れといえよう。
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では、中国は「罠」を回避できるのだろうか。楼継偉財政相は1年前、「構造改革を断行しなければ、5~10年の間に罠に陥る危険性が50%ある」と語った。
中国共産党機関紙、人民日報の情報サイト「人民網」(日本語版)は、もう少し詳しい分析記事を掲載した。
具体的には、成長率7%の高成長なら20年までの5カ年計画中に回避できる。5.5%の中成長なら22年、4%の低成長の場合は次の5カ年計画(21~25年)が終わるころまでかかると指摘した。
経済が減速しても失速せず、中成長以上を維持して高成長を目指すことが、罠を回避する基本戦略だという指摘である。
ただ、これを額面通りに受け取るわけにはいくまい。中国経済が持続的に成長するには、過剰設備や債務を解消し、輸出や投資が主導する発展パターンから消費主導経済への転換を急ぐ必要がある。民間活力を引き出す国有企業改革で生産効率を高める取り組みも欠かせない。
これらは、共産党独裁体制下の既得権益に切り込む作業でもある。当然、政権への反発も高まろう。体制を守ることに汲々(きゅうきゅう)としているようでは進まない。その覚悟を行動で示せなければ、5カ年計画は、目標達成どころか大きく下振れするはずだ。
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