移民受け入れ 政策として成り立つのか

視点

 □産経新聞論説委員・河合雅司

 2015年の国勢調査(速報値)においても人口減少が確認された。5年前の調査に比べ94万7000人の減だ。

 人口が減れば労働力も少なくなる。雇用環境の改善で幅広い業種で人手不足が顕在化しているが、中長期的には少子高齢化に伴う不足が深刻化しよう。

 解決策として、外国人による穴埋めを求める声が少なくない。だが、外国人問題を考える際には「移民」と「外国人労働者」とを明確に区別しなければならない。移民とは日本国籍を付与し永住を前提とする人たちであり、外国人労働者は企業が一時的に戦力として雇い入れる人々だ。ここを混同したのでは議論はかみ合わない。

 安倍晋三首相は「いわゆる移民政策については全く考えていない」との立場だが、自民党内には移民推進派も少なくない。同党が3月に立ち上げた特命委員会は「移民の寸前」まで受け入れの拡大を検討するという。政府の経済財政諮問会議では、民間議員から永住権を取得しやすくするよう求める意見が出されている。

 とはいえ、外国人の大量受け入れは簡単ではない。それは、欧州における難民政策の混乱ぶりを見れば明らかだ。反対派からは治安の悪化や社会の混乱、日本文化が変質することへの懸念も聞かれる。そこで本稿は、人口減少対策としての移民が政策として成り立つのかどうかを考えたい。

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 第1に確認すべきは、移民政策に踏み切ったら本当に人が押し寄せるのかという点だ。人口減少対策とする以上、相当数の受け入れが前提となるが、移民は一体どこの国からやってくるのだろうか。具体的に想定しておく必要がある。

 というのも、移民が大量に来るようになれば、日本社会はそれを前提として形成されるからだ。当初は安定的に来たとしても、送り出し国側の事情で突如として来なくなれば、人為的に人口急減を引き起こすのと同じである。ただでさえ日本人が減るのに、移民まで減るダブルパンチになったのでは社会は大きく混乱する。

 コンスタントに移民が来日するかを知る手掛かりは世界人口の予測にある。国連の推計によれば、世界人口は2015年の73億人から50年に97億人に増え、2100年には112億人となる。ただ、伸びが顕著なのはアフリカ諸国だ。「移民」と聞けば、送り出し国としてアジアや南米をイメージする人も多いだろうが、アジア各国は50年頃から人口が減り始め、ブラジルなども減少に転じるとみられる。

 しかも、世界人口の増加を後押しするのは寿命の延びである。50年にはタイの高齢化率は30.4%、中国23.9%、ベトナム23.1%など軒並み上昇する。

 移民送り出し国にすれば、若い世代を失うのは高齢化や少子化の進行を容認するのと同じである。「日本がお困りでしょう」といって積極的に送り出す政府指導者がどれくらいいるだろうか。

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 第2は日本に移民先としての魅力があるかという点だ。多くの日本人が移民送り出し国としてイメージしてきた国々は、目覚ましい経済発展を続けている。母国が豊かになるのに、あえて移民を決断する人が今後どれぐらい増えるかは未知数である。

 それでも移民希望者はいるだろうが、各国とも高齢化が進む。今後は若い労働力の奪い合いになるとの予測もある。その際、言葉の壁が立ちはだかる日本が魅力的な国であるとはかぎらない。現実的に考えれば、わざわざ日本まで行かず、近隣国に“安住の地”を求めるだろう。

 日本が移民政策に踏み切ったとしても、想定する国から人が来る保証などないということだ。国家の一大方針転換を、願望にも近い“甘い根拠”をもとに進めることなどあってはならない。

 むしろ急ぐべきは、人口減少を前提として仕事の在り方を見直すことだ。価格の安い商品の大量生産と決別し、高付加価値の商品を生み出すモデルへと転換する。あるいは、女性や意欲のある高齢者などが働きやすい環境を整えていく。ロボットなどでできる仕事は置き換える。外国人という“当座しのぎ”を考える前に、やるべきことはいくらでもある。