カナダの天国と地獄 中国人子弟は高級車乗り回し、絶望する先住民は自殺図る
カナダの「アジア系」には天国と地獄がある。一方は中東部オンタリオ州の辺境にある先住民の地区を襲った悲劇だ。貧困による将来への絶望感などから、半年余で100人以上の住民が自殺を図ろうとした。他方は西部バンクーバーなどに押し寄せる中国人の富裕層だ。移民などとしてこの国に渡り、子弟らは高級車を乗り回す。そんな若者を取り上げる「ウルトラ・リッチガール」というリアリティーショーまでヒットする。時代を隔ててはいるが、ともにユーラシア大陸から渡ったアジア系である。(坂本英彰)
11人が自殺を図った日も
「毎晩のように、自殺未遂が発生している。もはや危機的な状況だ」
英紙ガーディアンは、北極海に面したハドソン湾に近いアタワピスカトの地区長、ブルース・シシーシュさんの悲痛な声を伝えた。約2000人のほとんどは先住民だ。
昨年9月以来、100件を超える自殺未遂が発生し、ひとりが死亡した。4月9日には、一日で11人もが自殺を図ろうとした。
引き金になったのは、昨年9月、5人の十代女性が薬物自殺を図ろうとしたことだ。その後、まるで伝染するかのように次から次へと自殺志願者が現れた。
地区の4人のヘルスケア担当者はメンタルヘルスの知識もないのに対応に駆り出され、ろくに睡眠も取れない状況に陥った。
アタワピスカトはカナダの豊かさから、取り残されたような地区だ。最も近い町から500キロも離れている。近くのダイヤモンド鉱山で働く住民はいるが、安定した働き口は極めて少ない。細々とした狩猟や漁業はあるが生計を立てるには苦しく、失業率は8割にのぼる。10~14人もの大家族が2~3部屋の家で住むケースが多く、学校に入っても卒業までたどりつくのは3割ほどしかいないという。
性的虐待も一因に
自殺を図ろうとした住民の年齢は11歳から71歳と幅広いが、とりわけ若者たちが多い。
「いじめや薬物中毒、身体的・性的虐待など、いろんな理由で追い詰められていく」。親類にも自殺未遂者がいるというシシーシュさんは、地元テレビにそう説明した。
地区は「非常事態」を宣言し、援助要請を受けた政府は精神医療チームを派遣するなど対応。トルドー首相は「心が痛む事態だ」とツイッターにコメントし、メディアの注目を集めることになった。
ただ全人口の数%と少数派の先住民の自殺問題は、カナダ社会が長年抱えてきた暗闇だ。
政府統計などによると、15歳から24歳の先住民の若者の自殺率は、その他の若者より5~6倍高い。先住民の死亡を原因別にみると、45歳以下では自殺が最多となっている。
経済的な苦境や精神的な支えになる伝統文化の喪失、さらにインターネットで得られる情報が、豊かな都市住民との格差感を助長しているとの指摘もある。
「残念ながら我々の多くのコミュニティーで、自殺未遂はあまりに日常的だ」
先住民社会の「大酋長」のひとりは米メディアに嘆いた。
「ウルトラ・リッチガール」
一方、カナダ西海岸には、これとは正反対の豊かなアジア系がいる。急増している中国系の富裕層だ。
「バンクーバーのウルトラ・リッチガール」というネット上のリアリティーショーが最近、カナダや中国でヒットした。有名ブランドの服に身を包み、高級レストランでの食事を日常的なこととして過ごす中国系子女の生態を描く。
登場する大学院生(23)の女性はニューヨーク・タイムズに対し、両親が住む上海ではフェラーリや最高級クラスのベンツに乗るが、カナダではそれほど目立たないアウディを運転していると話す。
「スーパーカーに乗っているのを見られたら、危ないかもしれないでしょ」
そう言ってハンドルを握る腕には、高級車BMWよりも高価なブレゲの時計が輝いていたという。
同紙によると、バンクーバーには10万ドル以上の車の所有者だけが入れるクラブがあり440人のメンバーの9割は中国人。会を創設した27歳の男性は「彼らは働かず、ただ親の金を使うだけだ」と言い、自らもそうしたうちの一人だと話した。
予算は200万ドル!
「上位1%の中国人」にカナダの人気は高い。移民に寛容で、かつては多額の投資と引き換えに永住権を付与する投資移民プログラムもあった。中国との飛行機の便も多い西海岸のバンクーバーには多くの富裕な中国人が投資し、いまでは世界有数の不動産が高い都市になっている。
中国系「リッチガール」のひとりである24歳の女性は所有するコンドミニアムに加えて、一軒家も探す。カナダメディアに「この家、そんなに高くないわ。200万ドルの予算があるから」と言い放った。
こうした中国人に向けられる目は複雑だ。
「バンクーバーには、腐敗した中国官僚の息子や娘たちがたくさんいるよ。ここだと金をみせびらかすことができるのさ」
富裕中国人に高級車を売るディーラーはニューヨーク・タイムズに毒づく。本国とは違い、カナダでは金の出所を詮索される恐れが少ないのだという。
同紙によると、2005年から12年までの間、3万7千人の富裕中国人が投資移民プログラムの恩恵を受けた。2011年のバンクーバー都市圏人口230万人のうち、18%は中国系が占めた。1981年の7%と比べ大幅な拡大だ。
富めるアジア系も貧困にあえぐアジア系も、豊かで自由な国、カナダが抱える現実である。
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