首相の作戦勝ちだった「増税再延期」

社説で経済を読む
記者会見で、消費税増税の再延期を正式表明する安倍首相=1日、首相官邸

 □産経新聞客員論説委員・五十嵐徹

 安倍晋三首相が、来年4月に予定されていた消費税率10%への引き上げ時期を再び先送りし、2019年10月までの2年半、延期すると表明した。

 7月10日の参院選に合わせた解散・総選挙の実施、いわゆるダブル選挙については明確に否定した。

 日本経済は、なお力強さに欠け、デフレ脱却も道半ばだ。景気回復の実感が乏しい中で、増税の再延期を決めた首相の判断に意外感はない。

 各種の世論調査も、再延期を支持するとした回答が6~7割を占めた。影響が懸念された金融資本市場にも、今のところ大きな変化は見られない。

 しかし、首相の決断について各紙の論調は全国紙、地方紙を通じておおむね厳しい。一定の理解を示したのは産経と読売ぐらいではなかろうか。

 産経は2日付社説(主張)で「デフレ脱却を実現するうえで、景気回復が遅れる中での増税実施は困難だと考えたためだ。その判断自体は現実的かつ妥当なものといえよう」と述べた。

 読売も同日付で「アベノミクスは雇用改善などに効果を上げたが、消費のもたつきなどの課題も残る。脱デフレを確実に果たすため、消費増税の先送りはやむを得ない選択だ」と擁護する姿勢を見せた。

 牽強付会の印象も

 これに対し、2日付の朝日社説は、「アベノミクスは順調」とする首相の発言に「とても納得できる説明ではない」と真っ向から反論。5月31日付では「首相はまたも逃げるのか」の見出しで、「(税と社会保障の)一体改革の精神をないがしろにすると言われても仕方がない」と断じた。

 毎日も2日付で、「いかにも強引な理屈」であり「国民感情を逆手にとった有権者への責任転嫁」と再延期を批判。31日付では「税と社会保障の将来に大きな影響を与え、これまでの首相の発言ともつじつまが合わない判断だ」と指弾した。

 毎日が指摘する「つじつま」とは、安倍首相が最初の増税延期を表明した14年11月の記者会見で、「再び延期することはない。17年4月には確実に引き上げる」と確約したことを指す。

 首相はその後も国会での答弁などを通じ、「08年のリーマン・ショックや11年の東日本大震災のような重大な事態が起きないかぎり予定どおり実施する」と繰り返してきた。

 それが今回は、「現時点でリーマン・ショック級の事態は発生していない」と認めながらの再延期である。首相は、「世界経済は今、大きなリスクに直面している」とし、そのリスクに備えるための『新しい判断』だと説明したが、やはり牽強付会(けんきょうふかい)の印象は否めない。

 産経は「当面は増税をしないのだから、国政選挙でその是非を問うても国民から大きな反発は受けまい。そうした安易な見方があるとしたら大きな間違いである」(2日付)と首相の思惑を牽制(けんせい)した。その通りだろう。

 だが、先の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の討議を引き合いに出すまでもなく、いずれ首相が再延期にかじを切ることは予想されていた。国会答弁も時系列で追えば、言い回しの微妙な変化に気付く。首相のしたたかな計算が奏功したというのは言い過ぎだろうか。

 解せぬ野党の対応

 むしろ不可解なのは野党の対応だ。

 民進、共産、社民、生活の野党4党は、消費税率引き上げを2度も延期せざるをえないのは、アベノミクスそのものの失敗を意味すると激しく非難。国会の閉幕間際には、内閣不信任決議案を共同で突き付けた。

 だが、そのわずか1週間ほど前には、野党第一党の民進党が、19年4月までの再延期を求める独自法案を提出していた。期間は2年と若干短いが、再延期を求めた点では同じだ。不信任決議案は反対多数で否決されたものの、「野党は再延期に賛成なのか、反対なのか、いったいどっちだ」と困惑した国民は少なくなかったはずだ。

 日経は2日付社説で、事実上のスタートを切った参院選に触れ、「(与野党)どちらの言い分に理があるのかを問う『アベノミクス選挙』である」と位置付けたが、一方で「不安なのは野党も増税先送りを主張しており、違いがはっきりしないことだ」と指摘している。

 野党は、単にアベノミクスを批判するだけでは、責任政党といえない。首相もまた、アベノミクスの方向性に基本的誤りはないと主張するのであれば、再延期後の代替財源や財政再建の道筋など今後の経済運営について、より明確で具体的な方針を示す必要がある。