英語で観光できる“お墨付きタクシー” 東京五輪へ認定制度でドライバー育成

 
浅草寺を英語で案内するタスティードライバーの長島美裕氏(右)

 東京都内を走るタクシーのサービスや運転手の親切な対応を高く評価しながら、言葉が通じないことに不便を感じる訪日外国人客は少なくない。こうした声に応えるため、英語で観光案内のお墨付きを得た運転手が登場した。東京ハイヤー・タクシー協会が運転手の英語力を高めるため今年から認定制度を導入、東京五輪・パラリンピックが開かれる2020年に300人に増やす計画だ。一方で、運転手の英語力が高まれば、外国語で観光案内の国家資格を持つ通訳案内士との住み分けという新たな問題が生まれた。

 ◆TOEIC600点相当

 「本物の店に行きたかった。来てよかった」

 たんすなど和家具を輸入販売する会社を米ロサンゼルスで経営する米国人社長は、東京・南青山のアンティーク店で購入した小物を手に喜びを隠さなかった。

 案内したのは、豊富な東京観光知識と英語能力テスト「TOEIC」で600点程度のスキルを持つ運転手と同協会が認定した「TSTiE(タスティー)ドライバー」の長島美裕氏。都内最大手の日本交通の運転手約7000人から選抜された約150人の精鋭部隊「エキスパート・ドライバー」として、主に訪日客向けに自慢の英語力を駆使して観光案内をしている。

 今回は上野のホテルで午前9時に待ち合わせ、浅草から明治神宮に行き、築地で昼食をとるスケジュールを確認して観光案内をスタート。浅草寺で米国人社長が文化、伝統などについて熱心に見聞きしていたにもかかわらず、仲見世に興味を示さなかったと感じた長島氏は明治神宮を訪れた後、スケジュール外の南青山に連れて行った。この機転が社長の満足度を高めた。

 長島氏はTOEICで810点のスコアを持つ。その上で、日本の歴史や文化などの幅広い知識があり、観光案内も堪能だ。「浅草寺や明治神宮に行くと、神社と寺の違いなどを聞かれるので英語で説明する」と淡々という。

 運転と観光案内だけでなく、車イスを押したり、カメラ撮影にも応じたりする。気配りも大切で、例えばイスラム教徒(ムスリム)を乗せるときは(戒律に沿った)ハラルフードを提供できる店を探しておく。それだけに事前チェックは欠かせない。

 ◆1%の狭き門

 日本交通は5人のタスティードライバーを含め、英語で対応できる運転手を十数人抱える。「数に限りがあるため観光シーズンにはキャパシティーを超えてしまい、残念だが予約を受けられず断ることもある」(管理部の小山泰生マネージャー)。

 しかし20年の東京五輪に向け「訪日客対応は欠かせない。運転手も英語力の必要性を感じており、自発的に勉強している」(同)という。同社は英語に対応できる運転手を20年までに100人に増やす考えだ。また中国語や韓国語に対応できる運転手も育成する。

 タスティーとは「Tokyo Sightseeing taxi in English」の略で、文字通り英語での東京観光案内力が求められる。

 しかし認定までの道のりは長い。まず東京観光財団が実施する「東京シティガイド検定」合格と「ユニバーサルドライバー研修」修了で、「東京観光タクシードライバー」に認定。その上でTOEIC600点程度のスキルと、20時間の研修、スピーチテストに合格しなければならない。初年度となる今年は15人が合格した。約1800人いる東京観光タクシードライバーの約1%という狭き門だ。

 ■通訳料上乗せ 規制緩和必要

 同協会の藤崎幸郎専務理事は「政府は2020年に訪日外国人4000万人を目指している。運転手も日常会話に、観光案内をプラスした英語力が求められる」と英語力向上を促す。

 同協会へはタスティー研修に関する問い合わせが増加。運転手の登録・研修を手掛ける東京タクシーセンターが実施する語学研修の受講生は増え、タクシー各社も英語研修に力を入れる。

 課題もある。訪日客は乗車するまで運転手が英語を話せるかどうか分からない。こうした不安を解消する手段として、すべてのタクシーに、行き先や料金などについて訪日客と円滑にコミュニケーションできる「指差し外国語シート」(英語、中国語、韓国語に対応)を置く。

 一方、タスティードライバーは、せっかく認定されても通訳料が運賃に乗せられないのが不満だ。日本交通は、観光タクシーの料金を3時間で1万6810円(以降30分ごとに2730円加算)と設定。通訳案内士に依頼すると半日で数万円かかる通訳料が上乗せできないため安価に抑えられている。「通訳士と変わらない観光案内に満足して帰る訪日客もいる。リピーターも多い」と石田氏は指摘する。

 現在、外国語での観光案内は通訳案内士に限られるが、通訳士は仕事を奪われかねないと危惧する。これに対し、同協会は「観光タクシー運転手の外国語案内について料金収受を実現したい」(藤崎氏)と規制緩和を求めている。

 実現すればタスティードライバーのモチベーションは高まり、運転手全般の英語力向上にもつながる。20年にはタクシーに乗車して言葉の壁にぶつかる訪日客が減ることは確かだろう。(松岡健夫)