新成長戦略で目指すべきもの 学校法人城西大学特任教授・土居征夫

論風

 ■第4次産業革命で中間層復活を

 「アベノミクスのエンジンを最大限吹かす」「国内総生産(GDP)600兆円」「消費税を2年半延期し経済成長で財政再建を果たす」-

 これらの発言は多くの識者、国民に不安感を与えているかもしれない。

 世界的に資本主義は行き詰まっており、製造業を中心に実業の世界では利潤率が低下し、景気を支えているのは金融とITの世界だけだ。金融とITでもうけた富裕層が、国民の所得や資産の大半を占める形で、米国など先進資本主義国では格差が拡大し、経済的混乱は政治的混乱を招来しつつある。日本でも最近、額に汗して働く中間層の没落が現実化しつつある。金融やITが牽引(けんいん)力となった資本主義も、所詮マネーゲームの虚業の世界に頼るだけでは、バブルを繰り返し終焉(しゅうえん)に向かう。

 ◆今後の世界経済と日本

 主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)でも、世界はリーマン・ショック前の状態にあるとの危機感が先進7カ国(G7)首脳間で共有されたという。世界的なバブル崩壊を前にして、今金だけをばらまいてバブルを助長するような経済成長路線はとりえないところだ。

 それでは、アベノミクスの狙うべき次の新成長戦略の方向はどこなのか。それはバブルを助長する金融エンジンの活用ではない。財政エンジンを吹かしてのばらまきによる一時的な景気刺激でもない。残された道は第4次産業革命を推進し、ITエンジンを国民のために最大限に活用して新しい経済社会構造をつくり上げることではないか。

 ◆日本型AIの発見

 ITといえば米ITベンチャーの後追いと受け止める人が多いかもしれない。グーグル、アップル、マイクロソフト、IBM、アマゾン・コム、フェイスブックなどの巨大IT関連ベンチャーをイメージするかもしれない。

 しかし、今、日本で深く進行しつつあるのは、むしろ産業全体、社会全体のIT活用の流れだ。健康、医療や介護の現場で、教育や農業、物流、サービス業等の現場で、新しい日本型の人工知能(AI)活用も進みつつある。

 例えば、高いコストをかけた大量のデータ処理ではなく、人間の直観、暗黙知、感性を最大限活用した低コストの日本型AI技術がいろいろな分野で台頭しつつある。国際訴訟分野の不正データ解析システムで日本型AI技術を活用して米国で成功したA社は、日本でマーケティングやヘルスケア分野でそのAI技術を展開しつつある。日本の第4次産業革命は、製造業大企業だけでなく、中小企業、サービス産業などに幅広く展開されつつある。

 グローバル化の時代、留学生や知日人材を拡大して世界の仲間と協働して世界に貢献していくことはぜひとも必要だが、少子化による労働力不足対策を外国からの移民拡大だけに頼るのは間違いだ。AI、モノのインターネット(IoT)、ロボットなどのIT技術が産業や国民生活のあらゆる分野に展開されることによって、近い将来労働力不足は一挙に解消されうる。

 産業の第一線で働く人は、IT技術が代替する「3K」の単純労働から解放され、高度な知恵や感性を発揮して価値を想像する、本来の人間性をフルに発揮できる、より高度な職場に恵まれることになる。

 アベノミクスが目指す新成長戦略は金融・ITのエンジンを武器にした一部のリーダー産業が経済を支配する「ウィナー・テイクス・オール」の構造を回避し、IT、IoT、AIが国民全体の武器となり、産業労働や国民生活の変革を通じて、大きく日本社会の中間層の再構築につながるものであることが期待される。

 日本はそもそも歴史的には一部のリーダーに依拠する社会ではなく、「一億総活躍」によって成り立つ社会である。第4次産業革命こそ、日本人一人一人の知恵と創意と精神性をフルに発揮させる絶好の機会である。

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【プロフィル】土居征夫

 どい・ゆきお 東大法卒。1965年通商産業省(現経済産業省)入省。生活産業局長を経て94年に退官。商工中金理事、NEC常務を経て、2004年企業活力研究所理事長。城西大学イノベーションセンター所長などを経て16年4月から現職。74歳。東京都出身。