東京都知事選 マック赤坂氏が激白「コスプレは飽きた…真面目なマックでいく」
東京都知事選に立候補を表明している政治団体代表のマック赤坂氏(67)は、大手商社のトップ営業マンから転身し、レアメタル商社を経営するビジネスマンだ。都知事選への出馬は今回で3度目となる。実業界で成功を収め、それでもなお政治の世界に挑戦を続ける原動力はどこにあるのか。奇抜な衣装と言動から、ある意味で“きわもの候補”と思われてきた経緯もあるが、今回はコスプレを封印し、「コペルニクス的転回」で知事の座を狙うという。東京・赤坂の事務所で真意を聞いた。
--マック赤坂のネーミングには、赤坂という土地への強い思い入れがあるのでしょうか
「思い入れはそんなにないけどね。住みやすく静かで、一流の料亭、ホテルが近くにある。半面、吉野家のような庶民的な店もある。もうトップ・オブ・ザ・ヒルに20年ほど住んでいるんだけど、好きな街だね」
--「マック」の由来は?
「僕の本名は戸並誠だから、アメリカに行っていたとき、マックと呼ばれていたんだ。大口をたたくからビッグ・マウス。そこからビッグ・マック。マックとなったわけ」
--どのような家庭に生まれたのですか
「出身は名古屋市昭和区。父親は貿易商で、母親は美容師で生計を立てていた。小学校の頃は極貧といっていいかな。父親が事業に失敗して借金があった。姉や兄がいて僕は一番下だったんだけど、コロッケ1個をきょうだいみんなで取り合ったからね。それから肉が入っていないすき焼きだね。ご飯を先にたらふく食わせといて、少ないおかずをみんなで分けて食べる、そんな生活だった」
--勉強ができたそうですね
「そうね。父親が地頭がよい人でね。そのDNAを一番引き継いだかな。母親は人格者で優しい人。子供の頃、『誠は大器晩成型だから』といつも励ましてくれていた。それをよく覚えている。まあ、エネルギーを全部自分が取っていたようなものだよね」
--秀才ぶりは高校に入っても変わらなかったようですね
「うん。本当は愛知の名門県立高の旭丘に行きたかったんだ。東京でいえば開成や日比谷のような雲の上の学校でね。そこはさすがに厳しいということで、ナンバー2の明和高校を目指した。でも安全を期して、何しろ私立に行く金はないからね。旧制五中である瑞陵高校に入った。入学してからも5教科はベスト3、現代国語と数学は1位だったよ」
--東大志望だったんですか
「一浪の夏ごろまではね。ただ予備校に行く金がなかった。チャート式を買ってきて自宅で数学の問題を解き、夏ごろまでZ会の添削をやった。母親が出してくれたんだ」
--結局は京大に進まれたんですね
「現役で落ちちゃってさあ。それでもあきらめきれずに夏までは東大一本。でも弱気になって、理科系の人間は東大の次は東工大を狙うんだよ。でも単科大に進むなんて中途半端で嫌だった。京都なら名古屋からも近いし、反体制、反権力というイメージがあるから、京大が良いと思ったんだ」
--京大はかなり楽しかったようですね
「そうそう。特に3回生の時は楽しかった。それまでは1人で下宿を転々としていたんだけど、僕は京大の吉田寮に3回生から入った」
--そんなに面白かったんですか
「本当は4回生でないと1人部屋には入れないんだけれど、家が貧しいからっていうんで3回生から入れた。隣の部屋の男が色男でね。いわゆるナンパをして吉田寮に女の子を連れ込んでいた。僕はおこぼれにあずかっていたんだけれど、女の子が見つかりそうになって、見つかったら退学だからね、2人で逃げたこともあった。その子とはそれっきりだったけれど(笑)」
「そのほかにも、吉田寮の隣の家の小学生を教える家庭教師をしていたんだけど、ピンチヒッターで入ったそいつがその子の親とできちゃって…。巻き添えで俺がクビになっちゃった。体裁が悪かったんだろうな。仙人みたいなひげを生やした主のような人がいたり、今は何してるんだろうな。あんな人だから死んでしまっているかもしれない。家庭教師の奴は会ったら『おまえのせいでひどい目に遭った』と文句を言ってやりたいね(笑)」
--やはり家計が助かりましたか
「仕送りがほとんどなかったからね。姉は高校で我慢してくれた。兄は3浪か4浪してやっと学習院大に入った。学費は肉体労働、ラブホテルの布団敷き、家庭教師、いろいろやって稼いだよ」
--授業はどうしていたんですか
「出てないよ。学生紛争に助けられた。テストがなくなったから」
--農学部では何をやっていたのですか
「食品工学科ってところ。でもね。東大には行けず、二番手の京大に行った。当時はけっこう裕福な学生もいてね。海外旅行に行ったり、留学したり、半分くらいはもう豊かな連中だった。そんなときに人間力、雑草魂が生まれるよね。反骨心が支えになったよ」
--就職は伊藤忠商事でしたよね
「うん。でもNHKと講談社、電通も受けようと思って調べたんだ」
--なんだかミーハーですね(笑)
「NHKは英語力に難があった。講談社はせこくてさ、東京に来ても交通費は出さないっていうんだ。電通は大阪市の中之島で試験をやるっていうんで、いいなと思ったんだけど、何と前日に締め切られていた」
「結局、非財閥系の伊藤忠商事を受けることにした。面接で、担当の常務だったかな。『アフリカでも行けるか』と聞かれて『はい』と即答したんだ。それが良かったみたいだな。ほとんどの学生は口ごもったらしいから」
--最初はつらかったようですが
「最初はテレックスを作ったり、デリバリーって言ってね、いわゆるロジスティックだよ。乙仲(通関代行業者)に物品を渡すという。親に辞めたいと言ったら『3年はやりなさい』と止められて…。体をこわして大阪に行って、そこで7年。やっと東京へ行ったと思ったら、伊藤忠肥料農材販売(その後、伊藤忠アグリシステムに名称変更、今はシーアイマテックス)っていう子会社に行くことになった。そこで農家を回って肥料を売る仕事をした。茨城や神奈川にカタログを持って歩くんだけどね、僕は農家のおじいさんやおばあさんと縁側で話をするのが好きでね、『どんな境遇でもベストを尽くす』というのがモットーだからね、成績はいつもトップだったよ」
「それで東京本社に呼ばれたんだけど、『俺は行かない』って言ってやった。だってそうだろう?本社のエゴで俺を飛ばしておいて今度は戻ってこい、ときた。結局、自分が戻らないと誰かが処分されるみたいな話を聞いて帰ったけど、そんなのは前代未聞だったみたいだな。ここでも反骨心が頭をもたげちゃった」
--レアアースに出合ったのはこのころですか
「そうそう。本社で無機化学品を扱うことになった。ソ連に出張した奴が『ロシアにこういうのがあるけど』って話を持ってきたんだ。レアアースか…、僕は博才はからっきしないんだが、このときは『これは将来伸びる』と思った。それで手を挙げた」
--それからは飛ぶ鳥を落とす勢い?
「そうでもないよ。『趣味でやってんだろ』って陰口たたかれたりね。でも勝算はあった」
--営業で忘れられない思い出はありますか
「レアアースも良い奴は財閥系が抑えちゃってるんだ。仕方ないから中国のを扱うんだけど、中国製は粗悪品が多くてしょっちゅうクレームが来た。買ってくれないから、長年の顧客に2~3割引して売り込んだんだ」
「忘れられないのは三菱化成に行ったときかな。会社の連中は『そんなところ、買ってくれるわけない』って言っていたんだが、勝算があった。というのも、子会社に行っていたとき、俺はいじめられていたからね。自分だけお茶を出してくれなかったり、話の輪に入れてくれなかったりね。子会社というのは本社に複雑な感情を抱いている。子会社に出されたのも悪いことじゃなかった。そのときの経験が生きたんだ」
--うまくいったんですね
「三菱化成はやっぱり三菱商事からレアアースを買っていた。けれど何回か通っているうちに、『親会社の奴は給料が高い』、とか『親会社の奴はゴルフの話ばかりして、接待にばかりうつつを抜かしている』とぐちを言うようになった。だからこっちは中国の情報を教えてリスクはあるけれども値段は圧倒的に安いことを強調した。結局、売り上げは俺ひとりで年間20~30億円いった。利益は1億円は出た。普通は課全体でやっとの数字だよ。社長賞を取った」
--そこまでしたのに、辞めてしまうんですよね?
「そう、役員のいすを約束してくれたけどね。こっちは一国一城の主にずっとなりたかった。レアアースとの出合いは本当にラッキーだったけど、一介の商社マンで終わりたくなかったんだ」
--起業して順調だったんですか
「退職金に1億2000万円もくれたからね。当時は早期退職制度が整備されたばかりで、9月に辞めようと思ったら、人事部にいた友人が『12月まで待ったら良いことあるぞ』ってインセンティブ(割増退職金)のことを教えてくれた」
--そこから起業家への道を踏み出したわけですね
「脱サラして5年。事業も軌道に乗って考えたんですよ。悩み苦しむ人が世の中には多い。メンタルに関わる仕事がしたいなって。というのはアメリカの経験なんです。アメリカ人のスマイルのすばらしさ。米ではセレブ層を相手にスマイル教室のようなものがあった。そこで赤坂でマンツーマンの教室を始めた。マンションの一室でね。15年くらい前からセミナーも始めたんです」
--このセミナーを通じて、いろいろと思うところがあったんですね
「そうね。まず恋愛がうまくいかないという相談が多かったね。若い男子のメンタルが弱く、女がメンタルが強くなっている。若い男がダウンしているんだ、助けたい(大きな声で)。そう思ったんだ」
--そこから都知事選につながるわけですか
「そうだよ。都庁を変革したい。東京都というのはとんでもない黒字なんだよ。税金を下げろ、と。赤字が常態化している地方に税収の2割が流れている。それを都民が知っているか?都議会も都議もブラックボックスなんだ。問題を起こした都議しかテレビに出ない。何をしているのか分からない。そんなブラックボックスに手を突っ込みたいんだよ」
「第一、都庁に職員がどれくらいいるか知ってるか。16万人だよ、必要か、そんなに。人数が多すぎるんだよ。1人平均で500万円だ。都議は3000万円だよ。オープンにしようとしないんだ、彼らは。シャッターを閉じる。聞いても教えてくれない。僕は都知事選がダメだったら都議選に出るよ。16万人を減らす。20%カットだ。役人天国を変える。伊藤忠で25年、自分の会社で20年やってきた。ぬるま湯体質が私にはよく分かる。厳しい考課制度が運用されていない。働かない人は辞めていただく」
--厳しいですね
「コスト削減。飛行機は例外なしにエコノミー。私は給料ゼロで良い。東京は豊かですよ。都は6兆円の収入がある。でも本当に豊かなのか。なぜこれだけ豊かな東京にホームレスがいるんだ?街頭演説をしていると、私のところに若者が相談に来る。行くところがない若者がごまんといる。うつ病、自殺したい人、そういう人が演説しているとやって来る。行くところがない。ドリフターズ(漂泊者たち)だ。東京砂漠があるんだ。キャッチフレーズは『東京は本当に豊かなんですか』だ」
--オリンピックに関してはいかがですか
「リオ五輪の開会式は行くよ。それにしてもリーダーである知事と議員が本来、緊張関係になければいけないのに、実態は違う。議案は40~50本は知事提案で、議会は追認しかしていない。議員提案は10本以下ですよ。それもほとんどが否決だ。あなた定例会は何日あるか知ってる?75日だよ。連中は仕事をしていないんだ。臨時アルバイトと一緒だ」
--知事になったら、議会とやっていけますか
「議員は、俺のことをうさんくさい目で見ている。俺を怖がっているな。でもいいんだ。対決型が本来の姿。仲良くするのはおかしい。けんかしないと、壊し屋でいかないとダメだ」
--今回も政見放送は派手にやるんですか
「今回、仮装はしない。コスプレは飽きた。政治家になる機が熟したっていうことだ」
--コスプレしないんですか
「(以前のコスプレなどで)知名度は上がっているから。長期的な戦略でやってきた。機は熟した。真面目なマックでいく。コスプレは飽きた。やるネタがなくなったっていうのもあるけどな(笑)」
--スマイル党の党員はどれくらいいますか
「登録で100人以上、常時10人くらいかな。勝手連のような人たちが200人くらいいる。安倍総理が増田(寛也)さんの応援演説を秋葉原でしたら私も行くよ。マイノリティーの連中に見せたい。一人でも闘えるんだってことを。(出馬したことがある)港区議だって年間1500万円ももらっているんだよ。実業家がなるべきなんだよ。コスト削減をしないと。都は都市計画税、固定資産税、法人事業税、法人都民税と、4つの大きな税収がある。これだけ税収があるんだから、都税は下げられる。これができないなら怠慢だ」
--相当、抵抗がありそうですね
「元から嫌われてるから関係ない。小池百合子なんていろいろ言ってるが、舛添要一の家に行って抗議活動したか。俺なりに真面目にやってるんだよ。都庁で食事もした。俺以外にそんな奴いるか。溶け込んでやろうと思っているから、スーパーマン姿で食事をしたよ。月に1回、コスプレデーをもうけて、局長にはエンジェルの格好をさせるとか(都知事になったら)考えている」
--孤立無援で闘うというのはなぜですか
「政党の推薦なんてこじき同然じゃないか」
--米大統領選で共和党の代表が確実と言われているドナルド・トランプ氏も実業家ですが、尊敬していますか
「尊敬するね。彼が頑張っているから俺も頑張れる。だから和製トランプを意識して赤ネクタイにダークスーツだよ。コペルニクス的転回が必要なんだ。コスプレはやらない。暑いから短パンにはなると思うけど(笑)。踊りと歌はやるぞ。小池さんの後を追っかけ回してやろうかな(笑)」
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