マレーシア国民車破綻危機 プロトン、提携先探し急務

 
マレーシア・プトラジャヤで行われたプロトンの新車発表会に姿を見せたナジブ首相(手前左)=6月14日(共同)

 マレーシアの国民車メーカー、プロトンが、長引く売り上げ低迷から経営破綻の危機に直面している。政府による15億リンギット(約392億円)の低利融資や優先株の引き受けで急場はしのいだが、自力再建は困難との見方が強い。外資の新たな提携先探しが急務だ。

 プロトンの原点はマレーシア発展の礎を築いたマハティール氏が首相在任時の1980年代にぶち上げた「国民車構想」。三菱自動車との技術協力の下、85年に第1号の小型車が誕生した。政府の税制優遇にも助けられ、93年には74%のシェアを獲得。完成車の輸出先は一時、55カ国に上った。

 だが、独自開発路線を強め品質問題が取り上げられたことや、外国車への関税が引き下げられ価格競争力が低下したことで、その後の売り上げは減少の一途をたどった。今年5月のシェアは11.3%で、ダイハツ工業が出資する第2の国民車メーカー、プロドゥアの34.1%に遠く及ばない。

 自動車アナリストのチップス・ヤップ氏は「プロトンはマレーシアの『自動車製造省』のようなものだった」と指摘。マハティール氏による過剰な経営介入が悪影響を及ぼしたと断じる。

 「ハンドルからドアの取っ手までマハティール氏お気に入りのデザインを採用した。たとえ時代遅れで消費者の好みと懸け離れていても、誰もノーと言えなかった」

 マハティール氏は2003年の首相退任後もプロトンの顧問や会長を歴任し、開発中の新車には自ら試乗するなど影響力を行使してきたが、ナジブ政権との対立のあおりで今年3月には会長退任を余儀なくされた。

 「マハティール氏の政治介入の時代は終わった」。6月14日、プロトンの新車発表会に駆けつけたナジブ首相は「新生プロトン」の船出を宣言。経営陣は1年以内に新たな提携先を探す方針だ。

 ただ、過去に提携していた三菱自やフォルクスワーゲン、日産自動車が「雇用維持を重視するマレーシア政府の政策に嫌気がさして撤退した」(ヤップ氏)経緯もあり、局面打開は容易ではなさそうだ。(クアラルンプール 共同)