鎮魂の夏に考えるTPP 日本が率先し反グローバリズム断ち切れ
高論卓説連日、各地で猛暑日の続く日本列島。政治の世界では、既に秋に向けて動き出している。7月の参院選で自公が勝利し、さらに安定的な政権運営のできる体制が整えられた。臨時国会では、与党のペースで議会運営が行われていくことだろう。
かつて日本は首相が毎年代わるなど、サミット参加国のなかで最も不安定な政治だと揶揄(やゆ)されていたが、いまや安定した政権運営が可能な状況を手に入れた。民主、共和両党で大統領候補が決まりながら揺れる米国や、欧州連合(EU)離脱で首相交代のあった英国、テロと戦うEU各国などと比べれば、じっくりと政策を立案、遂行できる状況にある。
そうしたなかで安倍政権が最も力を入れているのは経済再生だが、それに重要な役割を担う企業の立場からすれば、グローバルな競争力を維持、強化するという観点から、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)などの広域的な経済連携を日本が積極的にリードしてほしいという思いが強い。
先月も、経団連、日本商工会議所、経済同友会、そして日本貿易会が共同で「TPP協定の早期実現を求める」(7月13日公表)という提言をしたが、それはTPPの実現に向け日本の国会が早期に承認することを願っているからだ。企業のグローバル・サプライチェーン構築に欠かせないTPPを日本の国会が早期に承認することで、世界で急速に広がる反グローバリズム・保護主義の伝播(でんぱ)を断ち切る力になるという期待感がその背景にある。
保護主義の行きつくところは国際紛争である。私たちは、さまざまな歴史でそれを学んできたが、かつて日本もその当事者となった国である。
しかし戦後は、自由主義陣営のなかで国際貿易と国境を越えた投資の拡大により発展を遂げた。日本がTPP実現に向けいち早く動くことで、モノ、カネ、人、情報の国境を越えた移動が、これに参加する国々の発展につながるとともに、多様な民族、さまざまな文化・宗教的背景を持つ人々の相互理解を促す。結果として国際紛争の火種を事前に消す安全保障の役割も果たす。
「それは夢物語、理想論だ」と言われることは重々承知している。そのうえで、やはり世界を相手に大戦を起こし、アジアの国々を中心に大きな苦しみを与えたばかりか、自国国土が焦土と化した経験を持つ日本だからこそ、平和構築に向けたさまざまな手段を考え提案し、また積極的に行動することが肝要だと思う。そういう観点から、TPPに加えて、中国、韓国なども参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の実現にも全力を傾注する義務が日本にはある。
「所詮、グローバル企業だけが利益を得る枠組みだろう」という批判的意見もある。だが、例えば安心、安全を売りにしている日本の農水産物の輸出や健康に資する食文化の海外展開に広域的な経済連携は欠かせない。
さらに重要なのは、日本が自国のモノを売り込むだけではなく、グローバル・サプライチェーンのなかで、参加する各国の多様な主体と互いの強み、良さを認め合いながら、新しい事業や製品、技術を創り出す取り組みを加速させることだ。そしてその成果を参加国以外の途上国で直面している社会的課題の解決に役立てていけば、新たな紛争の芽をつむことができるはずだ。日本企業にはTPPを活用して世界平和に貢献し、参加国以外の国々にも開かれた事業展開を期待したい。
日本人にとっては鎮魂の季節である8月、そのようなことを考えてみた。
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【プロフィル】井上洋
いのうえ・ひろし 経団連教育・スポーツ推進本部長 早大卒。1980年経団連事務局入局。総務本部・秘書グループ長、産業第一本部長などを経て、2015年4月から現職。東京五輪・パラリンピック関連業務を担当。文化審議会の臨時委員などの公職も務める。59歳。東京都出身。
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