産学連携で高度技術者育成急ぐ カンボジア工科大学長に聞く

 
オム・ロムニー学長

 カンボジアは年7%前後の経済成長を続けているが、アジア開発銀行などの経済動向予測では「産業人材の不足」がたびたび指摘される。

 国民の多くが農村地帯に住む農業国で、輸出産業としては縫製業に依存度が高い。カンボジア政府の方針も、「産業の多様化」を持続的な成長の柱に据えているが、それを支える高度技術を持つ産業人材の育成は途上にある。

 今後、高度技術者の育成はどうあるべきか。国立カンボジア工科大学のオム・ロムニー学長(54)に聞いた。

 ◆現場の動向捉える

 --国立カンボジア工科大学は、高度な産業人材育成の中心的役割を担う教育機関として注目されているが、大学として特に力を入れているのはどんな分野か

 「主に4つの分野での人材育成が急務だ。一つは水資源や水利など水に関する分野、もう一つは食品科学・食品工学の分野。人口の8割が農村地帯に住むとされるカンボジアにとって、農業関連の技術開発は不可欠だ。また、国が目指す産業多様化を実現するためには、機械工学分野と電気・通信技術分野の人材育成も欠かせないと考えている」

 「教育は一朝一夕に成果が出るものではなく、時間もお金もかかる。ただ、効率よく、質の高い教育を維持するには、現在の産業界と連携を密にし、ニーズを見極めることが必要。そのため工科大学では、UIリンケージ(University-Industry Linkage)という枠組みを立ち上げた。大学外の企業から講師を迎えたり、学生を企業にインターン(就業体験)に派遣したりする交流事業、企業とのコラボレーション研究など、多面的に産業界と連携していくプログラムだ。こうした取り組みを通して、産業界の動向を的確に捉えていきたい」

 --理系人材のニーズは高い。さらなる援助で、現在の大学の規模をもっと大きくしたいと考えているか

 「現在、学生数3500人に対し、講師を含む教師陣は約250人。単純計算で教師1人に対する学生数は14人だ。私はいたずらに学生数を増やすよりも、密度の濃い指導で質の高い教育を目指したい。国際的に通用する大学にすることが私の夢だ。また、産業界のニーズを捉えることは大事だが、大学の役割はそれだけではない。あくまでも質の高い学生を育てることが使命だ。学生たちには『学位にふさわしい知識と技術を持った人間であれ』と言っている。大学は就職あっせん機関ではない。『求められる人材になれば、仕事の方からやってくる』と言っている」

 ◆教育こそ希望

 --学長は、1970年代のポル・ポト時代や内戦を経験し、その後、日本に留学した。激動の時代を生きた世代として、カンボジアの学生に教育を通して伝えたいことは

 「少年時代にポル・ポト時代を迎え、家族離散、強制移住や強制労働を経験した。勉強もできず、食べ物さえなく、目の前で人間が鶏のように殺された。人としての尊厳と希望を失った時代を知るからこそ、教育こそが希望だと強く思う。教育により知識や技術を得ることで、人は自分の生き方を自ら選ぶことができる」

 「日本には通算で8年滞在した。子供のころから日本で学ぶことは私のあこがれであり、多くのことを学んだ。日本が戦後の廃虚から経済大国へと成長した姿は私にとって素晴らしい手本だ。実際に日本で暮らしてみて、経済発展の基礎には技術だけではなく、真面目さや秩序を重んじる日本人の精神性が深く関わっていると気づいた。そういう面もカンボジアの教育に採り入れていきたい」

 「私は、まだ内戦中だった88年から、この大学で教鞭(きょうべん)をとってきた。当時の大学は設備も技術もなく、文字通り『からっぽ』だった。今、日本をはじめとする国際的な援助により、教育環境が変わりつつある。また、外国で学んだカンボジア人の卒業生たちが母国に戻って教育を担い始めているのも大変にうれしいことだ」(カンボジア月刊邦字誌「プノン」編集長 木村文)

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【用語解説】カンボジア工科大学

 カンボジアの理系大学として最高水準で、1964年に創設された。現在の学生数は3500人。日本との関わりが深く、国際協力機構(JICA)を通して昨年、研究棟の実験機材など6億円近い無償協力をした。ほかにも、アセアン工学系高等教育ネットワーク(SEED-Net)、工科大学教育能力向上プロジェクトなどにより、同大学の発展に積極的に協力している。オム・ロムニー学長は、カンボジア内戦終結後に最初の国費留学生として日本に渡り、北見工業大学(北海道北見市)で博士号を取得した親日派だ。