空回りする緩和マネー インフラ再建へ仕組み作りを

論風

 □早稲田大学名誉教授・田村正勝

 家計の金融資産合計は、昨年末時点で過去最高の1741兆円となり、そのうち預貯金が902兆円に達した。けれども金融資産を保有しない2人以上の世帯の割合も、過去最高の30.4%だ。これは1987年時点で3.3%であったから、急激に著しい格差社会となったといえる。ちなみに90年代後半から今日までの間に、日本の平均実質賃金も平均実質家計消費額も15%ほども低下した。

 ◆預金の異常な周流

 これも大いに問題だが、さらに、この膨大な預貯金が日本国内に回っていないか、もしくは特定な分野に偏流していることも問題である。それゆえに15年以上のデフレ経済から脱却できない。すでに大企業を中心に企業の内部留保は364兆円にも達しているので、この900兆円の預貯金の融資先がない。そこで金融機関はこれで国債を買ってきた。

 しかし日銀は金融緩和策として、金融機関などの保有国債を毎年80兆円も買い、すでに400兆円に達するから、大手行に巨額が再環流した。そこで大手行はこれを、一方で内外のファンドに超低金利で融資し、他方で海外に融資している。

 この恩恵を受けたファンドが、日本の不動産を買いあさったゆえ、不動産バブルを引き起こし、不動産投資信託指数(2003年=1000)は、15年4月には1900に跳ね上がり、現在もほぼこの水準だ。他方で15年9月時点の海外融資残高は、大手3行グループだけで85.5兆円。さらに15年は世界のM&A(企業の合併・買収)の約60%に、日本の銀行が関与し、外国企業どうしのM&Aにも、多額を融資している。

 ◆深刻化する老朽化

 このように日本人の膨大な預貯金が、国内不動産バブルと海外とに向かい、日本経済のデフレを持続させてきた。では国内にカネが回る余地はないのか。実は日本のインフラは多くが耐久年数を超えており、12年に起きた中央自動車道笹子トンネルの天井板崩落事故に象徴されるように、それらの老朽化と危険度も極限状態で、その整備には巨額が必要だ。

 わが国のインフラは、1960~70年代の東京五輪と高度成長期の短期間に急激に整備された。たとえば橋梁(きょうりょう)は70~75年に毎年1万~1万2000本の敷設で、今やこれらは40~50年経過している。しかし橋梁建設は漸減し、2006年以降は年間1000~2000本に激減した。したがって現在の橋梁を同じ規模で維持するのに、60~70年代と同じだけの橋梁投資が必要である。

 また水道管の老朽化も深刻。水道管の総延長は地球16.5周分の約66万キロと言うが、その多くが55~65年代に敷設され、耐久年数の50年を超えている。13年度だけでも2万5000以上の基幹管路(導水管、送水管、配水本管)の破損だ。

 また水道管の耐震化も遅れており、これらから更新費用は、2050年までに59兆円だという。高速道路、学校、公営住宅、下水道、トンネルなどほとんどのインフラが、これらの場合と同様である。

 さて金融庁は地方銀行を対象に、地元の融資先などを数値化する新指標を導入する。数値化される項目は、地元の融資先企業に対する経営改善の取り組みや、担保に依存しない融資実績など55項目に上る見通しだが、アベノミクスの地方創生に合わせた政策であろう。けれども、むしろ大手行にこそ、このインフラ問題から考慮すべき指標を導入することが肝要である。

 例えばこのインフラの危機から抜け出すために、国内のインフラ事業に使途を限定したインフラ債券の発行や、新たな財政投融資の仕組みも必要だ。もっとも、かつてのこの仕組みに関しては、問題点も散見されたゆえ、そのマイナスを克服する工夫も不可欠だが、今やインフラ再建のための財政投融資が不可欠である。

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【プロフィル】田村正勝

 たむら・まさかつ 早大大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。同大教授を経て現職。一般社団法人「日本経済協会」理事長。71歳。