人々の記憶紡ぐ「ポケモンGO」 被災地など地方創生へ新たな人の流れに期待

 
東日本大震災による津波で流失した映画館「岡田劇場」があった場所。「ポケモンGO」のゲーム画面では流失前の姿が再現され、ゲームの拠点に設定されている=宮城県石巻市(高橋寛次撮影、現地で撮影した画面を合成)

 宮城県石巻市中瀬。旧北上川河口近くの中州に、夏草が生い茂る空き地がある。漫画家の石ノ森章太郎が学生時代、となり町から自転車で3時間ほどかけて通ったという映画館「岡田劇場」の跡地だ。

 2011年3月の東日本大震災による津波で、建屋は失われた。だが、スマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」の地図上では、道具(アイテム)が入手できる「ポケストップ」として、かつての岡田劇場の写真と解説文が表示される。登録したのは、石巻市でIT人材の育成を進める一般社団法人「イトナブ石巻」代表理事の古山隆幸らだ。

 古山ら有志は、津波で失われた地域の神社仏閣や施設など約100カ所を、ポケモンGOの開発を主導した米国のゲーム会社「ナイアンティック」のスマホ向けゲーム「イングレス」に登録した。その拠点の多くが、ポケモンGOにも流用されている。古山は「ゲームを通じて、震災のことを感じてもらいたい」と話す。

 岡田劇場跡地のそばに住む70代の男性に、ポケモンGOの画面を示すと、小さくうなずきながらこう言った。

 「確かに(岡田劇場は)そこにあったよ。昔は人がたくさん来て、にぎわっていたんだ」。被災前の街の姿を残すポケモンGOの地図は、さながら地域の人々の記憶を紡ぐ遺産のようだ。

 「ポケモンGOとの連携により、来て、見て、感じて、被災県の今を知ってほしい」

 8月10日、東京都内で開かれた記者会見で、宮城県知事の村井嘉浩はこう訴えた。村井とともに壇上に並んだのは、東日本大震災と4月の熊本地震で被災した岩手県、福島県、熊本県の知事ら。米ナイアンティックの日本法人は被災地と連携し、ポケモンGOを活用した観光復興を進める。

 ポケモンGOのプレーヤーは、実際に拠点の近くまで足を運ぶ必要がある。特定の地域でしか捕まえられないモンスターや、特定エリアにおける特典の付与など「地域限定」の遊び方を提供できれば、地域の集客に一定の効果が期待できる。

 任天堂の関連会社で、開発に関わった株式会社「ポケモン」専務執行役員の宇都宮崇人は「都市部の人が地方に行ってみよう、と思う仕掛けを考えたい」と意気込む。

 ナイアンティックのアジア統括本部長を務める川島優志も「(ポケモンGOが)新しい人の流れを生む契機になればいい」と前向きだ。

 鳥取砂丘「解放区」 絶えず100人集客

 ポケモンGOを地域の集客につなげる動きは被災地だけではない。

 「砂丘は広大で、安全に楽しんでもらえる。県の観光の新たな誘因になるはずだ」

 ポケモンGOの国内サービス開始から2日後の7月24日。鳥取砂丘を視察した鳥取県知事の平井伸治はそう確信した。平井は翌25日、鳥取砂丘を「スナホ・ゲーム解放区」に指定すると宣言。ゲーム中の交通事故などが騒ぎになる中、安全性を“武器”にポケモンGOのユーザーを取り込んだ。

 砂丘内には100カ所以上のポケストップが集中しており、交通事故などの心配もない。家族連れを中心に「絶えず100人ぐらい」(県砂丘事務所)が砂丘を訪れ、夜になると砂丘に瞬くスマホの明かりと、日本海沖のイカ釣り漁船のいさり火が交じり合う、新たな風物になっている。

 こうした動きは全国に広がりつつある。11月にはゲームと自治体の連携をテーマに、全国の自治体関係者を集めたフォーラムが初めて開かれる。主催するのは岩手県庁で、若手職員らで組織する「岩手県庁ゲームノミクス研究会」が協力する。

 同研究会会長を務める秘書広報室長の保和衛はこう強調する。「人を動かすゲームの力をどう活用するか、自治体の知恵の出しどころだ」(高橋寛次、敬称略)