「先生」の収入 ノンフィクション作家・青樹明子

専欄

 リオ五輪に沸く8月半ば、中国では、ある痛ましい事件が起きていた。9月に大学進学をひかえていた18歳の女子学生が、振り込め詐欺で学費のすべてを騙(だま)し取られ、ショックで心臓麻痺(まひ)を起こして死亡したのである。彼女が農村出身で、騙し取られた学費は、両親が出稼ぎなどで苦労して捻出したものだったこともあり、人々の間で怒りの声が高まっていく。メディアは連日、振り込め詐欺問題に注目し、原因と対策が論じられるようになった。

 それに付随し、思わぬところで人々の関心を集めた話題がある。「教師の収入」だ。

 中国メディアによると8月29日深夜、清華大学の教員が振り込め詐欺にあい、1760万元(約2億6800万円)を騙し取られたという。額の大きさと、被害にあったのが「清華大学教員」ということに、社会は驚いた。「教員が何故(なぜ)こんな大金を持っていたのか」という声が各所で上がる。

 同時にメディアでは、大学の先生の給料について、注目した。

 先生たちの収入は、非常に複雑である。月給と月給以外、2つの部分に分かれるが、月給にも、基本給、ボーナス、実績に対する報酬、福利厚生費などがある。給料以外では、講演料、原稿料、出張講義費、研究費などがあって、項目だけを見ると、日本と変わりはない。大きく違うのは、給料外収入の額の多さである。

 有名大学の先生が、外部で臨時に講義した場合、1講義万(元)単位の報酬を得るという。人気の講師になると、1講義が2万~3万元(約31万~46万円)というから、有名人の講演料に匹敵する。

 先生たちは兼職も許される。専門の知識を活かし、企業から収入を得るのである。雇われるのではなく、自ら会社を起こしている先生もいる。

 先生稼業は、労多くして実が少ない、と言われてきた。今回の詐欺事件で、そうとも限らないのでは? と、人々は思うようになった。1760万元を即金で支払った教師に対して「不当な金ではないか」と疑問を抱く人も少なくないようだ。

 ちなみに私の父は国立大学の教授だった。子供心にも、大学の先生はつましいものなんだなあと感じたものである。日本は知識に対する対価が低すぎるが、その点、中国は日本の先を行っているのかもしれない。

 思わぬ方向へ発展した振り込め詐欺事件であるが、最大の問題は、個人情報が何故洩れていくのかだろう。それが解決されなければ、詐欺事件はなくならない。