橋下維新“お荷物タワー”の行方 「このままでは本当に負の遺産になってしまう」

 
橋下徹氏が大阪府知事時代に購入した第2庁舎「咲洲庁舎」。いまなお赤字続きの「お荷物」となっているが、橋下維新の〝象徴〟を手放すわけにはいかず、今ではホテル転用案も浮上している

 大阪市住之江区の湾岸部にそびえる大阪府の第2庁舎「咲洲庁舎」。55階建てで高さ256メートル。約1200億円の建設費をかけた日本で4番目に高いビルだが、大阪市の第三セクター時代にスピード破綻に陥った過去を持つ。それを橋下徹氏が府知事時代、庁舎全面移転を掲げて格安の約85億円で購入。府議会が紛糾し、最大会派・自民の分裂で橋下氏を代表とする地域政党「大阪維新の会」結成につながった。ただ、いまなおテナント不足で赤字続きの現状に「お荷物タワー」との声は消えない。防災面でも、南海トラフ巨大地震が発生すれば津波に襲われるのは必至。現在の維新代表、松井一郎知事は庁舎機能を残してのホテル転用を検討しているが、眺めのいい高層階は府の部局で埋まっており、セールスポイントを欠く不安も強い。橋下維新のシンボルタワーは大きな曲がり角を迎えている。(桑村朋)

 「橋下劇場」の原点

 「大阪の起死回生はこれしかない。世界に開かれた官庁街にし、この街を世界の玄関口にしたい」

 大阪市の第三セクターが平成7年に建設した「大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC)」。この巨大な建物への大阪府庁舎の移転とともに、湾岸部を官庁街にするという新都心構想を橋下氏が発表したのは、約8年前にさかのぼる。

 交通の便が悪く、当初からテナント収入が伸び悩んだWTCは16年、開業からわずか9年で経営破綻に陥り、バブル期に計画された「負の遺産」を象徴する破綻劇となった。その後は社長の民間登用で黒字化した年もあったが、厳しい経営が続いた。

 大きな転換点となったのが庁舎全面移転案。20年2月に府知事に就任した橋下氏は同年8月、建物が老朽化した大手前庁舎からの移転方針を表明、21年2月には府議会に議案を提出し、理解を求めた。

 最終的に府議会は全面移転案を否決したが、第2庁舎として購入することは認め、府は22年6月に所有権を取得。同11月から移転を始めた。

 この一連の議論の過程で、最大会派の自民から移転に同意する若手が相次いで造反する事態が起こった。その中心にいたのが当時府議だった松井氏だ。

 22年4月、松井氏はほかの府議とともに新会派を結成。橋下氏を代表に迎えての大阪維新の会結成につながっていった。

 「あのビルはいわば維新のシンボルタワー。維新の代表を務める松井氏も庁舎移転を推進した手前、赤字だろうが何だろうが切るに切れないのだろう」。ある自民府議は、赤字続きでも咲洲庁舎を簡単に手放せない背景をこう分析する。

 「途中で庁舎を売却すれば、自分たちの失敗を認めることになる。松井氏から知事が代わるまで庁舎を売ることはないだろう」

 従来の政治、行政の仕組みを大きく変えるため、「大阪都構想」など独自の施策を次々と打ち出してきた橋下維新。その歩みはこの巨大ビルから始まったのだ。

 松井知事「咲洲庁舎は司令塔」

 「ありとあらゆる可能性を探って空室を埋め、そこに人が集まるような仕掛けを作っていく。作ってしまったものを廃虚にせず、有効活用していく」

 今年8月の記者会見。空室が目立つ咲洲庁舎の活用方法を問われた松井一郎知事は、庁舎移転を伴う売却はせず、有効活用していくしか道はないことを改めて強調した。

 府はこれまで、庁舎周辺のベイエリアにカジノなど「統合型リゾート(IR)」のほか、水素、燃料・蓄電池など大型産業の誘致を推進。37年の招致を目指す国際博覧会(万博)の開催地の有力候補にも挙げ、松井氏は咲洲庁舎を周辺活性化への「司令塔」と位置づける。

 しかし、庁舎には課題が山積している。

 WTCに府の一部部局が入居し、咲洲庁舎となったのは22年6月。1~3階が店舗、7~17階がオフィス区画、18階以上に府の部局が入り、府職員約1920人が働く。

 ただ、立地の悪さから民間テナントが集まらず、空室率は全体の3割超。しかも、そのほかのスペースの大部分も賃料の得られない府の部局でほぼ埋まっているのが現状だ。

 ホテル転用は起死回生策か?

 高層ビルならではの防災上の弱点も浮上した。

 23年3月に発生した東日本大震災。建物をゆっくりと揺らす「長周期地震動」で、震源から約770キロも離れた庁舎は約10分間、最大2・7メートル揺れ、天井など360カ所が破損した。

 安全性が問題視され、当初の全面移転は完全に断念。府は、将来発生が想定されている南海トラフ巨大地震などに対応するため、約25億円かけて制震装置「ダンパー」約300台を取り付ける措置を取った。ところが、その後、国が南海トラフの想定規模を拡大し、より強固な補強策が必要になった。

 専門家から意見を仰いだ結果、今年8月に約18億円でさらにダンパー約270台追加することを決定。31年度までに工事は完了する予定だが、耐震はできたとしても、南海トラフ発生時には庁舎周辺は津波の浸水域となり、防災拠点にはできない。津波警報が発令されれば職員は結局、老朽化の進む大手前庁舎に集まることになる。

 これらの難題にも、松井知事は「人が集まれば周辺のにぎわいも作れる。庁舎の空室も埋まる」と自信を見せる。府は現在、7~17階をホテルに転用する案を検討中。9月中に関心のある事業者を把握し、実現性を探る。

 大阪市の地区計画では、咲洲庁舎での宿泊施設営業は用途外だが、松井知事は吉村洋文市長に依頼し、今年度中に用途制限は緩和される見通し。ホテル転用が実現すれば稼働率は8割超となる見込みだが、赤字が改善されるのかは実際のところ未知数だ。

 “負の遺産”脱却なるか

 実際に咲洲庁舎を利用する府職員らはどう思っているのか。

 咲洲庁舎は本庁舎の大手前庁舎(大阪市中央区)と直線距離で約11キロ離れている。庁舎間を往復する職員も少なくなく、電車と徒歩か、シャトルバスを利用し、片道40分前後かけて庁舎間を行き来している。

 府の職員組合が昨夏、咲洲庁舎に関する職員アンケートを実施したところ、庁舎から「撤退すべき」、府民の利便性が「悪くなったと感じる」などとネガティブな回答をした人も多かったという。

 ある府幹部は、咲洲庁舎の入居テナントが少なく、維持管理費が賃料収入を大幅に上回る状況が続いている状況に「このままでは本当に負の遺産になってしまう」と心配する。

 大阪は外国人旅行客(インバウンド)が増加しており、ホテル転用が庁舎の空室改善に加え、慢性的なホテル不足に一役買う“一石二鳥”の策になる可能性もある。だが、府が望みを託すホテル転用についても不安の声が漏れる。

 ホテルに転用する予定なのは庁舎7~17階だが、ある府議は「庁舎は日本有数の高さからの眺望が売りのはず。せっかくなら高層階に入居してもらうべきだ。このままでは中途半端に終わってしまう」と現状の府の計画に疑問を呈す。

 「大阪市民の税金1200億円をかけたビル。何とか使おうよ」

 9月2日、府幹部らが集まる会議で松井氏はこう呼びかけた。

 「ベイエリアの司令塔」として輝くのか、「お荷物タワー」と成り下がってしまうのか。橋下維新のシンボルタワーの行方に注目が集まる。