村を変えたエコツーリズム カンボジア南西部コッコン州

 
森林の中に突如として現れたチーパットの滝=カンボジア南西部コッコン州

 木立の間から、勢いよく流れ落ちる水の音がする。カンボジア南西部のコッコン州チーパット地区。近づくと、雨期で水量が増した滝の冷たいしぶきが、汗ばんだ身体に気持ちよく降り注いだ。

 カンボジアでは、東南アジアでも指折りの豊かな自然を生かしたエコツーリズムの開発・整備が少しずつ広がっている。世界遺産「アンコールワット」以外のカンボジアも知ってもらいたいと、観光当局は国内の「地域主導エコツーリズムサイト(CBET)」をリストアップするなど積極的に取り組んでいる。

 その中でも欧米人旅行者を中心に知名度を上げているのが、コッコン州チーパット地区のCBETだ。4つの村からなり、約600世帯、2000人余りが暮らす。カルダモン山脈を覆う豊かなジャングルと川に恵まれた静かな地区で、国際非政府組織(NGO)のワイルドライフ・アライアンスとともに2007年から村の整備に取り組んでいる。

 ◆自然を「お金」に

 「信じられないかもしれないが、この村はほんの十数年前までカネと暴力と欲望にまみれていた」と、ワイルドライフ・アライアンスのトゥイ・ソパニさんは言う。カンボジアでは1991年の内戦終結後も、治安の不安定な状況が続いた。このため、地方の開発は進まず、手つかずのまま残った熱帯雨林では、違法伐採と貴重な動物たちの密猟が横行していた。チーパット地区はそんな密猟者たちの拠点の一つで、中心部にはカラオケパブと酒場が立ち並んでいたという。

 ワイルドライフ・アライアンスは多様な生物、植物の宝庫として注目されていたカルダモン山脈の自然を守ろうと、この地区でツーリズムサイトの立ち上げに取り組んだ。違法伐採や密猟を上回る安定した収入があれば、村人たちを説得できる。しかし、外国人など見たこともない人がほとんど。エコツーリズムは理解されず、村の生活を体験できるホームステイを実施しようと提案しても、当初、受け入れ家庭はほとんどなかった。

 そこでワイルドライフ・アライアンスは、地区の中心部にウッド・ロッジ風の大きなエコツーリズム・センターを建て、NGOの職員を常駐させた。森で猟をしていたハンターたちを「森林ガイド」に育て上げ、豊かな自然と彼らの知識や経験が「お金」になることを教え続けた。

 「森林伐採や密猟が違法で危険なこと、という認識を村人に浸透させ、同時にエコツーリズムがビジネスになることを知ってもらった。すぐに答えが出るものではない、と分かっていたが、風向きが変わるまで3年はかかった」。ソパニさんはそう振り返る。

 ◆ハンターがガイド

 チーパットを訪れる観光客は年間4000人近くに上る。地区長のプロム・ハンさんによれば、14年は3209人、15年は約25%増の3919人と、年々増えている。ほとんどは外国人で、中でも欧米人が多い。

 観光メニューは、ホームステイやゲストハウスを拠点にした森林トレッキング、川下り、エビ漁体験など。森林で1泊するトレッキングから戻ってきたという米国人男性は「村のガイドが素晴らしい。元ハンターだけあって、現れる動物や目の前の植物のことを熟知している。危険を避ける術もあるから安心して自然を堪能できた」と満足そうな笑みを浮かべた。

 ハンさんによると、現在、村には20軒のゲストハウスがあり、16軒がホームステイを受け入れている。ハンさんらは、これから宿泊施設をもっと充実させたい考えだ。

 実はハンさん自身も、かつてはハンターだった。森林ガイドとなり、エコツーリズムの意義を知り、今ではコミューン長としてチーパットの観光を引っ張っている。まだ自立には至っていないが、NGOの支援に頼る度合はだんだん小さくなっているという。

 カンボジア観光省がウェブサイトで紹介する国内のCBETは13カ所。実際にはもっと多くの地域で整備が進んでいる。チーパットのような先行例があるからだ。

 大規模な観光地開発ではなく、村の住民たちとともに、今ある自然に価値を見いだしていくエコツーリズムは、昨今の国際的な潮流にも合った観光事業だ。内戦と混乱で開発が遅れたために残された自然の恩恵を受けるカンボジアは、この分野でユニークな存在感を示しており、「1周遅れゆえのトップランナー」となる可能性を秘めている。(カンボジア月刊邦字誌「プノン」編集長 木村文)