円高と日銀の新政策移行 マイナス金利拡大を躊躇するな
【日曜経済講座】
日本経済の最大の懸案は円高の阻止なのだが、日銀が「長短金利操作付き異次元金融緩和」政策を打ち出しても、円高基調はむしろ強くなった。何かが足りないのだ。
グラフは日銀の異次元金融緩和政策の柱になってきた金融の量的拡大を表す日銀資金供給残高と円相場と実質金利の動向である。量的拡大は経済学説上では円安要因なのだが、もはや通用しない。
円高に並行するのは、日本の実質金利の上昇および日米間の実質金利差逆転である。米国の実質金利が日本よりも低い。外為市場では実質金利が高い通貨が買われ、低い通貨が売られるのだ。日銀は今年2月にマイナス金利政策に踏み切ったが、実質金利は下がらない。さらに日銀は9月21日、政策の比重を量から金利へと移行させたのだが、円の対ドル相場は100円を切りかねないありさまだ。
日本に限らず通貨高こそは主要国が最も警戒する。11月の米大統領選でクリントン民主党候補を支援するオバマ政権は、日本、中国、韓国、台湾、ドイツの5カ国・地域を外国為替操作の監視対象とし、厳しくチェックしている。トランプ共和党候補は負けじとばかり、中国などの通貨安が米国の雇用機会を奪っていると激しく非難する。
輸出産業の国内総生産(GDP)に占める割合(2015年)は、米国13%、日本17%と高くない。ドイツ47%、韓国46%、中国22%に比べると日米ともかなり低いが、輸出依存度に関係なく通貨の交換レートが自国の景気や雇用を左右する。
グローバリゼーションが進む中、自動車、電子機器など各国の産業競争力は拮抗(きっこう)している。米アップルのiPhoneは米国が誇る最先端技術だが、韓国、中国の企業も技術でただちに追いつき、価格競争で優位に立ち、シェアを奪ってしまう。しかもその部品の大半は米国ではなく、日本などで調達し、完成品を中国で組み立てる。
日本では円高に伴う輸出企業の収益減は関連産業を巻き込み、産業界全体の賃金を押し下げるというのが、これまでの20年デフレだ。このまま円高を阻止できないようだと、デフレ圧力が高まり元のもくあみ、安倍晋三政権と日銀が目指す脱デフレの道が閉ざされかねない。どうすべきか。グラフに戻ろう。
繰り返すが、日銀がお札を大量に刷ることよりも実質金利こそが円相場を決定づけることは明白だ。したがって、日銀の新政策は正しいのだが、円高阻止への意思ははっきりしていないようだ。
新政策移行の踏み台にした異次元緩和の総括的検証では、最近の円高の原因についてはほとんど追求していない。焦点はもっぱら物価との関連だ。実質金利の上昇こそが円高の主因であり、マイナス金利にもかかわらず実質金利がプラスに転じたのは消費者物価上昇率がそれ以上のマイナスになったからだ。つまり、デフレ局面に舞い戻ったわけだが、それを招いたのは平成26年4月からの消費税率8%への引き上げである。
増税後、家計消費が落ち込んだまま低迷が続いている。デフレ圧力と内需の低迷を背景に企業も賃上げをためらうという悪循環にはまった。となると、円高の真犯人は消費税増税という「失政」にある。その責めは、「消費税を増税しても景気はよくなる」とうそぶいて増税関連法を通した野田佳彦前政権と、実施に踏み切った安倍政権が負うばかりではない。
黒田東彦日銀総裁は8%への引き上げの際、安倍首相に予定通りの実施を強く進言した。背景には、異次元金融緩和さえすれば増税しても構わないという、金融緩和と緊縮財政の組み合わせに固執する財務官僚のシナリオがある。
財務省OBの黒田総裁はそれに従った。結局、増税はアベノミクスの効力を失わせ、異次元緩和そのものを無力化してしまった。黒田日銀の総括的検証は財政をカバーできず、増税が引き起こすデフレ圧力を素通りした。
安倍首相周辺は円高に焦り始めている。浜田宏一内閣官房参与(エール大名誉教授)は日銀による外債購入を首相に進言したし、首相も口にしたが、黒田総裁は応じない。外債購入は財務省の専管事項だという意識が邪魔するのだろう。
ならば、なおさらのこと、黒田総裁は躊躇(ちゅうちょ)することなく、マイナス金利の拡大または深掘りに踏み切るべきだ。物価はもはや黒田日銀の手には負えないが、少なくても金利だけは思い切って下げられる。何もしないと、米大統領選に引きずられて、円高にはずみがついてしまう。(編集委員・田村秀男)
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