トランプ氏との交渉、手ぐすね引く中国 日本は20世紀に描いた対中シナリオ捨てよ
【河崎真澄のチャイナウオッチ】
「2020年の中国の国内総生産(GDP)総額は60%の確率で世界3位となろう」。日中の専門家10人による共著で、2000年7月に出版された「2020年の中国」(日本経済新聞社)はシナリオのひとつとしてこう“予言”していた。1、2位は米日だ。
だが、同書の出版から10年後、中国のGDPはあっけなく日本を飛び越えて米国に次ぐ2位に躍進。16年の今年は日本の3倍にもなろうかという規模だ。20年にはトップの米国のGDPに迫る可能性すらある。
20世紀最後の年だった00年に書かれた専門家の見通しの“甘さ”を批判しているのではない。16年前に現在の中国の姿を的確に予測できた人物は中国人を含めほとんどいなかった、という傍証として挙げた。中国のGDPは当時、日本の3分の1に過ぎなかった。
同書に編者と記されている日本経済研究センター客員研究員(当時)の鮫島敬治氏は、文化大革命が吹き荒れた1960年代に日本経済新聞の北京特派員として活躍し、いわれなきスパイ容疑で中国当局に1年余りにわたって拘束されたことでも知られる猛者だ。執筆者には東洋学園大学の朱建栄教授ら、そうそうたるメンバーも並んでいる。
だが、中国は国際社会の概念とは異なる手法で想定外の隆盛を得た。議会や野党、世論の反発をなんら恐れる必要のない中国共産党による一党支配の「即決即断」だ。2008年9月のリーマン・ショック時、わずか2カ月後の11月に打ち出した4兆元(現在のレートで約62兆円)もの緊急経済対策が典型例だろう。
これが奏功して中国は世界最速で危機を乗り越えるV字回復を果たし、そのマネーはただちに外交や軍事につぎ込まれた。日本や台湾などとの軋轢(あつれき)、国際法を無視した南シナ海への進出で国際社会を脅かす政治パワーへと変化した。日米は膨張スピードと戦略性を侮っていたのではないか。
かつて国際社会は、中国に対し「衣食足りて礼節を知る」を期待し、数多くの機会を与え続けてきた。
01年12月に実現した世界貿易機関(WTO)への中国の加盟。08年の北京五輪や10年の上海万博などもそうだ。国際組織への加盟や国際イベントの開催で、国際ルールを順守し、責任ある大国として行動するよう中国に求めてきた。今年の20カ国・地域(G20)議長国を任せたのも、その名残だったろうが、ことごとく期待は裏切られてきた。
日本は1972年の日中国交正常化以来、3兆円を超える政府開発援助(ODA)を供与。GDPが逆転してもなお、無償資金協力などとして毎年数十億円を進呈し続けている。ODAの枠外にある政府系援助も膨大だ。対中進出した日本企業は2万社を超え、撤退したくともできない“アリ地獄”の環境下にある。
20世紀に考えた中国の近代化や政治改革、国際社会との協調などの予想が外れたにもかかわらず、日本はなお、20世紀に描いた対中シナリオにしがみついているようにみえる。一党支配によるスピード感に、日本は追いついていけない。
今年5月、米大統領選で不動産王のドナルド・トランプ氏が共和党の候補指名を確実にした段階で、中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は社説で、「トランプ氏を『騒ぎを起こすピエロ』と判断すると見誤る」と評している。「トランプ大統領」に冷静に向き合うよう主張し、「実利を重視する大物のビジネスマンだ」とも描いていた。
日常生活から権力掌握や国家運営にいたるまで「損得勘定」が普遍的な行動規範に染みついている中国人にとって、新大統領が「保護貿易主義」をチラつかせようとも、現実主義のビジネスマンの方が理念的な政治家よりもはるかに交渉しやすいと考える。同紙はさらに、「だれが大統領になろうと、最終的に『中国が実力をつける』以外の選択肢はない」とも訴えた。
中国は一党支配による即決即断の政策決定と強烈なパワーで、トランプ政権との対抗軸を構築していくだろう。老獪(ろうかい)なる不動産王との“値段”の駆け引きは中国人にとって最も得意な分野だ。商談に臨む前に、いかに自分を大きく見せるかが不可欠であることもよく知っている。むしろ習近平政権は、トランプ政権との交渉を手ぐすねを引いて待っているように見える。
米国の対中政策に長年携わってきたマイケル・ピルズベリー氏(現ハドソン研究所の中国戦略センター所長)は、昨年出版した「China 2049」のなかで、「米国は中国の国家戦略の根底にある意図を見抜くことはできず、騙され続けてきた」と率直に語った。ピルズベリー氏は49年の世界秩序に、中国語の成語「反客為主」を挙げて危機感を示した。主客転倒ないし、本末転倒をさす。
ピルズベリー氏が注目した49年は、共産党が中華人民共和国を1949年に北京で成立させて100年を迎える年だ。その節目をゴールに中国は20世紀の発想をはるかに超えるスピードで「覇権」を求めていくだろう。日本はいまこそ20世紀に描いたシナリオと完全に決別せねばならない。(上海)
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