必要なのか、大型経済対策! バラマキ政策の余裕ないはず

論風

 □一橋大学名誉教授・石弘光

 28兆円規模の大型経済対策を盛り込んだ2016年度第2次補正予算案が先月、臨時国会で成立した。しかしながら、今、このような大規模な経済対策が本当に必要なのであろうか。その狙い、必要性、効果などを見るにつけ疑問が高まる。「アベノミクスの再加速化」をうたったこの経済対策は6月に決定された消費税の再増税延期の延長上にあり、日本と世界経済の落ち込みの中で、日本が財政によるテコ入れをする必要があると安倍晋三首相は、自分勝手に解釈しているようだ。

 ◆日本の役割ではない

 第1に、なぜ今、このような大規模な経済対策を打ち出さざるを得ないのか、その狙いがよく分からない。おそらく5月に開催された主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で、安倍首相が世界経済の下振れを防ぐことが日本の責任だと強調したことと関連していよう。さらに英国の国民投票でEU(欧州連合)からの離脱が決まり、それに備えるという名目も加わってきた。

 補正予算の中身を見るとその財源に建設国債や財投債が組み込まれ、財政健全化は一層遠のくだけである。世界最悪の財政赤字を抱える日本が、そんな役割を率先して引き受けるのは場違いというべきだろう。そもそも10年のカナダでのG7サミットで、財政赤字削減が参加国共通のテーマになったとき、あまりにひどい財政事情にある日本のみ例外を認めてもらったほどである。身のほどを知れと言いたい。

 第2に、国内の経済環境から言って今、公共事業を中心とする大型の経済対策を打ち出し、総需要を喚起する必要があるか疑わしい。リーマン・ショック直後に比べマクロ的にみて、需給ギャップは大幅に改善し総需要不足の状況にない。有効求人倍率も、9月に入って1.38と前月より0.01ポイント上昇し労働需給は引き締まっている。目下の低成長は、0%台前半まで落ち込んだ潜在成長率の低迷にあり、需要不足より供給能力の停滞にあると考えるべきだろう。となるとこの時期になぜ、再度の財政出動なのかがよく理解できない。

 ◆効果にも疑問

 そして第3に、このような問題を抱える大型経済対策が本当に効果を挙げるのか疑わしい。今回の経済対策の事業規模は28兆円で、麻生内閣が08年と09年にまとめた37兆円と56.8兆円に次ぐ過去3番目の規模だ。このような経済対策はバブル崩壊後たびたび策定され発動され、今日までその数は26回に及ぶ。その多くが公共事業を目玉にし、財源は建設国債でまかなっている。過去には赤字国債もかなりの規模で発行されてきた。

 だがこれらが「失われた20年」の間、当初の目的通り、日本経済の低迷を下支えし、成長促進に役立ったかは非常に疑問である。税収増を生む名目成長率で見ると、1992~2014年度の間の平均はわずか0.1%で、2%台を記録したのは2カ年、1%台は6カ年に過ぎない。残りの年度は、マイナスないし0%台の低成長だ。大規模な経済対策で総需要を喚起しても、この程度の成長を達成しただけだった。その半面、この間財源として約105兆円もの国債を発行してきた。だが、それに要した国債による借金を、成長促進による税収増で回収することはできず、これまで、まさに財政赤字の山を築いてきたわけだ。

 過去の例を見る限り、大型経済対策→成長促進→税収増→財政健全化、という筋書きは、失敗の連続であったといえよう。今般の大型経済対策も、これまでの轍(てつ)を踏みかねない。いま必要な経済対策は、地道な規制緩和を中心とした構造改革であり、将来を見据えた税と社会保障改革であり、「国民の痛み」を伴う対策なのだ。派手に公共事業などを打ち、バラマキ政策をする余裕はないはずである。

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【プロフィル】石弘光

 いし・ひろみつ 1961年一橋大経卒。その後大学院を経て、講師、助教授、教授、学長。専攻は財政学。経済学博士。現在、一橋大学ならびに中国人民大学名誉教授。放送大学学長、政府税制調査会会長などを歴任。79歳。東京都出身。