キューバのフィデル・カストロ氏死去 「革命」の英雄…国民に動揺も
【ニューヨーク=上塚真由】1959年にキューバ革命を主導し、半世紀にわたり反米の社会主義政権を率いたキューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が25日午後10時29分(日本時間26日午後0時29分)、死去した。90歳だった。実弟のラウル・カストロ議長がキューバ国営テレビを通じて発表した。
フィデル氏は2008年に元首である議長職を引退した後も、キューバ革命の「英雄」として絶対的な影響力を保持しており、死亡によるキューバ国民や指導部の動揺は避けられない。ただ、キューバは後継者のラウル氏の体制で15年に米国と国交を回復しており、社会主義体制を維持しながら、米欧との接近を進める現在の路線に変化はないとみられる。ラウル氏の発表によると、遺体は火葬され、葬儀日程は26日に発表される予定。死因は明らかにしていない。
フィデル氏は2006年に腸内出血で手術を受けた後、体調が回復せず、08年に議長職を引退した。
1926年、東部ビランで裕福な農場主の子供として生まれ、ハバナ大学を卒業。弁護士として働くが親米バティスタ政権打倒を目指し、武力闘争を開始した。メキシコへの亡命を経て56年、革命家のチェ・ゲバラとともにキューバ国内に潜入してゲリラ戦を展開。59年にバティスタ政権を打倒し、革命を実現した。
東西冷戦中にはソ連に接近し、米国が61年にキューバに国交断絶を通告すると、社会主義路線を宣言。62年には、米ソが核戦争の危機に直面した「キューバ危機」を招いた。
91年のソ連崩壊で経済危機に陥り、生活苦から米国への経済亡命者が相次ぐようになったのを機に、国民の外貨所有・使用容認に踏み切った。
1995年と2003年に来日。今年9月には日本の首相として初めてキューバを訪問した安倍晋三首相とハバナ市内で会談した。
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