「トランプ当選なら暴落」反省はどこに 「理屈は後からついてくる」
社説で経済を読む産経新聞客員論説委員・五十嵐徹
「トランプ当選なら世界経済は大変なことになる」
投票直前まで、そう言い交わされていた市場が、いまや久々に活気づいている。
「大変」と予想したのは、次期米大統領に決まったトランプ氏が、選挙戦中一貫して保護主義への回帰ともとれる発言を続け、世界経済の収縮要因になると受け止められていたからだ。
実際、トランプ氏優勢の報が伝わった11月9日午後の日本市場は激震に見舞われ、為替はあわや1ドル=100円台割れも予想される急激な円高・ドル安が進行。それを受けて株式市場も全面安の展開となり、平均株価は一時1000円超の暴落を見た。
ところが翌日は、前日の展開が嘘のように一転して上げ相場に。為替はその後も円安方向にあり、平均株価は年初来高値を更新するまでになっている。
毎日社説(11月27日付)によれば、トランプ氏の「積極政策で米経済の成長が加速するとの期待が先行」しているからだという。
積極政策とは、勝利宣言の演説でトランプ氏が真っ先に挙げた大幅減税とインフラへの積極投資を指す。高速道路や橋、トンネル、空港などの建設は、雇用を創出し、経済を刺激するというのだ。
理屈は後からくる
しかし、これらは選挙キャンペーン中からトランプ氏が公約に掲げてきたものだ。政策自体も1980年代にレーガン大統領が進めた「レーガノミクス」の焼き直しといえる。「トランポノミクス」と名付けるほどの目新しさはない。
市場の右往左往ぶりは、なにやら「ブレグジット(英国のEU離脱)」のときとも重なる。
「理屈は後からついてくる」
駆け出しの経済記者時代、よく耳にした言葉だ。相場が動いた理由を尋ねると、証券・金融市場のディーラーたちが決まって語ったセリフである。
後講釈にさほどの意味がないのは、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)をめぐる野党の安倍晋三首相への批判も同じだろう。
首相は、当選後のトランプ氏と他の外国首脳に先駆けてニューヨークで会談し、政権が代わっても日米関係に揺るぎがないことを内外に印象付けた。
首相は会談後、「信頼関係を築く確信を持てる会談だった」と述べたものの、具体的中身については「あくまで大統領就任前の非公式な訪問」を理由に明かさなかった。
ところが、そのわずか数日後、トランプ氏は来年1月の就任初日にTPPから離脱する考えを改めて表明。野党は「米国抜きのTPPは無意味」として反TPPのトーンを強めた。安倍・トランプ関係の齟齬(そご)をつくことで政権批判につなげる計算だ。
TPPについては、農家保護の観点から地方紙がおおむね反対の立場を取るのに対し、全国紙は自由貿易推進の観点から賛成の方向で一致している。朝日も、トランプ次期大統領のTPP離脱表明には「他の政策では現実路線に転じる姿勢を見せているだけに、翻意への期待も出始めていたが、それを否定した格好だ」(11月23日付社説)と残念がる。
そもそもTPPは、日米を中心とするアジア太平洋地域の12カ国で、現状では最も先端的な貿易ルールを構築するのが最大の目的だ。経済規模で世界の約4割を占める地域のルール作りは、欧州を巻き込み、やがては中国も世界の共通ルールに引き入れる戦略的狙いが込められている。
その意味でも米国の不参加は「域内経済のみならず、安全保障も含むあらゆる面にマイナスの影響を及ぼす」(産経11月25日付主張)。「その間隙を突こうとしているのが、米国中心の国際秩序に挑む中国の覇権主義である。国益を追求するというなら、トランプ氏は現実を直視すべきだ」とする懸念は当然だ。
RCEPでいいのか
読売も11月23日付社説で「同時に考えておくべきは、米国が離脱しても、残る11か国が国内手続きを進めてTPPの枠組みを維持する方策ではないか」と提案する。最後まで米国に翻意を促す覚悟がほしい。
気になるのは朝日が前述の社説で、「『複眼思考』でさまざまな交渉を同時に進め、自由化を追求する姿勢をしっかりと示すべきだ」と述べていることだ。「トランプ氏に再考を促す努力を続ける必要がある」と説く一方で、「トランプ氏の翻意が見通せないのも事実」と述べているのも矛盾している。
複眼思考の一例に挙げているのが、中国主導の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)だ。RCEP交渉には日本も参加しているが、現状で中国は、日本などが求める特許など知的財産権のルール強化には反対の構えだ。そのことも気になる。
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