メキシコが中国と関係修復 トランプ政権を警戒 チャイナマネーに期待
メキシコが中国に急接近している。保護貿易に傾くトランプ次期米大統領が、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しや「国境の壁」でメキシコを揺さぶることを警戒し、対米経済依存から脱却する狙いのようだ。メキシコは中国主導の高速鉄道計画の頓挫で関係が一時悪化したが、米国の裏庭にくさびを打ち込む中国のしたたかさも浮き彫りになっている。
「これほど早く両国の関係が“正常化”するとは…」。国際金融機関の幹部は驚きを隠さない。
12月12日、メキシコの首都メキシコシティー。中国の楊潔●(=簾の广を厂に、兼を虎に)国務委員(外交担当)はメキシコのルイスマシュー外相との会談を終えると、ペニャニエト大統領を表敬訪問。大統領の手をがっちりと握り、カメラに笑顔を見せた。
メキシコ政府によると、一連の会談では貿易と投資の強化などについて話し合われ、「相互の信頼を深め、対話を拡大する」ことで一致したという。
いったん去年に話はさかのぼる。メキシコ政府は1月30日、鳴り物入りで導入しようとしていた高速鉄道計画を棚上げすると発表した。財政難が理由として挙げられたが、信じる人間はほとんどいなかった。
それというのも、事業はいったん中国企業が主導するコンソーシアム(企業連合)が落札したが、入札期間が短いなど不透明な手続きの実態が業者から暴露され、中国企業とペニャニエト政権が密約していたとする“八百長疑惑”までささやかれたからだ。
揚げ句の果てに、大統領夫人や財務相などメキシコの要人に対し、コンソーシアムに参加するメキシコ企業が豪邸をプレゼントするなどの贈賄にかかわった疑いまで浮上。「入札を強行すれば国際的信用を失う」(前出の国際金融機関幹部)とみたペニャニエト政権が事業の棚上げに追い込まれたとの見方が強い。
もちろん、落札を反古にされた中国側は怒った。外務省が「中国企業の法的権利を守れ」とメキシコ政府に不快感を示し、両国の関係は一気に冷え込むことになってしまった。
しかし、どうやらメキシコは中国との関係修復の機会を探っていたようだ。それを如実にうかがわせたのが、今月に楊氏がメキシコ入りする直前、メキシコ政府が実施した深海油田開発の入札で、中国の国有石油大手、中国海洋石油(CNOOC)が落札したニュースだ。
ロイター通信は、「中国とメキシコは今後再び関係を深めていくだろう」とする米陸軍大学校のエリス教授の見方を伝えた。
メキシコはなぜ中国に再び接近するのか。理由はいくつも考えられるが、市場では米国の政権交代を指摘する声が多い。
米企業の競争力を守り、米国の雇用を保護することを公約に掲げるトランプ氏は、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の脱退のほか、メキシコやカナダとつくるNAFTAの再交渉も公約にしている。
最近では、米空調大手のキャリアが計画していたインディアナ州の工場の閉鎖とメキシコへの移転を「絶対やめさせる」とトランプ氏がかみつき、キャリアが折れた。トランプ氏は、米自動車大手のフォード・モーターが小型車生産をやはりメキシコに移転する計画についても強く批判し、物議を醸している。
さらに、米国とメキシコの関係を決定的に悪化させたのが、トランプ氏の公約でもとくに有名となったメキシコ国境での「壁」の建設だ。メキシコからの不法移民の流入が米国人の雇用を奪っているというのがトランプ氏の主張だが、メキシコ側は猛反発した。
メキシコは、隣国であり最重要の貿易パートナーである米国との関係が冷え込めば、それを埋める大国の存在がどうしても必要になる。ペニャニエト政権は、そもそもスキャンダルさえなければ前進したとみられる高速鉄道をはじめ、インフラ整備にも潤沢なチャイナマネーを期待しているとみられる。
一方、中国も、米国の裏庭にあたる米州各国への働きかけを近年強めている。習近平国家主席は、トランプ氏が当選した米大統領選直後の11月にペルーやエクアドルなど中南米を歴訪し、関係強化をアピールした。内向きなトランプ政権の誕生に困惑する米州各国との距離を縮め、パイプを太くする狙いがみてとれる。(柿内公輔)
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