「トランプの米国」外交、経済政策は

 
グレン・S・フクシマ氏

 トランプ次期米大統領が主要閣僚人事を固め、20日の「船出」へ向けた準備を着々と進めている。「トランプの米国」はどこへ。外交、経済政策の展望を米識者が論じた。

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 □元米通商代表部代表補代理 グレン・S・フクシマ氏

 ■所得と富の不均衡拡大

 ドナルド・トランプ氏の経済政策は、次期米大統領に選出されたときには予測不可能だった。選挙時の公約からは彼の優先政策が不明確であり、今後も、彼は議会、最高裁、ビジネス界、世論、世界貿易機関(WTO)、外国政府などによって制約を受けることになる。

 現時点の閣僚人事から見ると、トランプ氏は、政府の役割の縮小、規制撤廃、減税、インフラ投資、関税賦課、貿易協定の再交渉を優先すると考えられる。

 財務長官に金融大手ゴールドマン・サックス元幹部のスティーブン・ムニューチン氏、商務長官に投資家のウィルバー・ロス氏が指名された。ムニューチン氏は金融規制改革法(ドッド・フランク法)の緩和を志向している。

 これは、トランプ政権の経済政策が富裕層に有利になることを意味する。これが皮肉なのは、トランプ氏の支持者は、教育水準が比較的低い白人男性であり、その多くが伝統的に民主党の候補者に投票してきたからだ。

 トランプ氏は、所得税の累進税率区分を、12%、25%、33%に簡素化することを提案しており、この計画だと1%の最富裕層が最も得をする。35%の法人税率を15%に減税することも目指しているが、税の専門家は、連邦政府の歳入が5年間で9兆5000億ドル(約1109兆円)減少すると懸念している。

 10年間で総額1兆ドルを投資する予定のインフラ計画は、政府の出資と民間投資の範囲が不明確であり、財政赤字拡大の恐れがあり、財政面で保守的な多くの共和党員は反対だ。

 貿易と投資政策は、トランプ氏と共和党主流派の間で最も意見が異なる分野だ。例えば、雇用を海外に流出させた米国企業の商品に35%の関税を課すという脅しに対して、自由貿易を支持してきた共和党議員は反対だ。

 メキシコへの生産拠点の移転を予定していた空調メーカーが、優遇税制を受け、インディアナ州での雇用維持のために一部の移転をやめると発表したが、共和党議員は、経済活動への政府の直接介入には特に批判的だ。

 トランプ氏は、不公正な貿易や外国為替操作に関与する国からの輸入品に対して、以前は20%の関税を課すと脅し、最近では中国に対しては45%の数字を示した。日本が米国産牛肉に38.5%の関税を課しているので、同水準の関税を日本製自動車に課すべきだと述べている。

 選挙運動中に、トランプ氏は北米自由貿易協定(NAFTA)と環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)が、外国に有利で米国の雇用と企業を破壊する「悲惨な」協定だと批判し、NAFTAの再交渉とTPPからの撤退を誓い、二国間協定の方が好ましいと述べてきた。彼の政府高官や政治家に対する不信感を考えると、米通商代表には、彼が「タフ・ネゴシエーター(強い交渉者)」と信じる実業家を選ぶだろう。

 大幅減税、規制撤廃、政府機能の縮小は、所得と富の格差を拡大させる。また、彼の貿易・投資政策によって、選挙の第1の公約である雇用の回復を果たせるかも疑わしい。「米国を再び偉大にする」ことができなければ、彼は2020年の大統領選で、共和、民主両党からの強烈な挑戦に確実に直面するだろう。

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【プロフィル】グレン・S・フクシマ

 GLEN・S・FUKUSHIMA 1949年生まれ。カリフォルニア州出身。85年から90年まで米通商代表部で日本部長など歴任。2012年からシンクタンク、米国先端政策研究所上級研究員。

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 □米マンスフィールド財団理事長 フランク・ジャヌージ氏

 ■外交、単独主義の恐れ

 オバマ米大統領のアジア回帰政策、いわゆる「リバランス」は、いくつかの主要目的を達成した。太平洋の軍事力を向上させ、日米防衛協力指針(ガイドライン)を改定した。また日米韓関係を安定化させ、東南アジアとは海上の安全保障協力を増進した。韓国との自由貿易協定(FTA)を履行し、ミャンマーとの関係を正常化した。

 広島訪問では、政権の中心テーマである「核兵器のない世界の追求」を強調した。国家安全保障会議(NSC)でアジア上級部長も務めたジェフリー・ベーダー氏が指摘するように、アジア重視戦略は「ぎっしりと中身の詰まった」ものだった。

 その半面、オバマ氏がやり残したのは、相互信頼に基づく米中関係の構築や、北朝鮮の核開発への野望を抑制することだ。

 次はドナルド・トランプ氏が「打席」に入る。野球に例えれば、「走者」を返すため、忍耐強く「ストライク」を待てるのか、「打席」でよろめくのか。予測は難しい。トランプ氏は外交問題では新人だ。「マイナーリーグ」にいたこともなければ、彼の「チームメート」もよく分からない。

 だが、選挙戦中の言動からヒントが得られる。トランプ氏は「米国第一」を掲げ、安全保障面では同盟国の負担増大を求めた。米国が保証する安全保障に不満なら、日韓は核保有を考えればいいと示唆した。ただ同盟国に無理を強いても、多くは得られないだろう。

 経済政策では、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの脱退を表明し、10年以上の議論を無にするようだ。TPPの消滅で、ルール作りにおける米国の力はそがれる。米国抜きの再交渉もあり得るが、合意の見通しは低く、むしろ中国が米国の後退につけ込むだろう。

 要は、選挙戦中の公約の数々が愚かなのだ。

 しかし、トランプ氏のアプローチを孤立主義と誤解すべきではない。彼はレーガン大統領が唱えた「力による平和」の向こうを張ろうと、国防費を増やし、海軍の規模を拡大し、「イスラム国」(IS)を容赦なく攻撃する考えだ。また全ての貿易協定に反対でもない。

 それでも、同盟や多国間貿易協定の価値に疑念を挟み、単独主義のシグナルを送っている。それは、オバマ氏の協調主義路線よりも自己中心的だ。トランプ氏が公約通りに動けば、オバマ氏のリバランス政策は空振りに終わる恐れがある。

 対中政策だが、トランプ氏は中国を為替操作国に指定すると脅すなど、米中関係は起伏に富んだものとなりそうだ。台湾の蔡英文総統と電話会談をし、(一つの中国を原則とする)37年続いた慣習を破った。彼の側近は「現時点ではただの電話」と説明するが、中国には不愉快なことだ。

 こうした対中強硬路線は、オバマ時代に深刻化した北朝鮮の核・ミサイル問題に対処する米国の能力自体に重大な影響を及ぼすだろう。

 一方、金正恩朝鮮労働党委員長との「ハンバーガー会談」に言及したトランプ氏のアプローチは、「ホームラン狙い」にも見えるが、実はオバマ政権の「戦略的忍耐」より効果的かもしれない。

 この点はトランプ氏の「交渉術」に懸けてみたい。

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【プロフィル】フランク・ジャヌージ

 FRANK・JANNUZI 1964年生まれ。テキサス州出身。ハーバード大で修士号。国務省で情報分析を担当後、上院外交委員会の民主党上級スタッフなどを歴任。中国、朝鮮半島情勢に詳しい。