米国の次期環境長官に“温暖化対策の敵” トランプ政権誕生でパリ協定は風前の灯火
「地球温暖化は中国のでっちあげ」-。そう断言していたトランプ次期米大統領の誕生で米国の環境政策は大転換しそうだ。環境保護局(EPA)長官には再生可能エネルギーを重視したオバマ政権の政策に激しく反発する人物を据え、温室効果ガス削減目標も無視する可能性がある。米国が国際協調から離反すれば、“優等生”を演じる最大排出国の中国がますます存在感を強めるのは必至だ。
長官は訴訟相手
「EPAは反エネルギー産業の政策を導入し数百万人分の雇用をつぶした」。トランプ氏は8日の声明でこう批判し、次期EPA長官に据えるオクラホマ州の司法長官、スコット・プルイット氏が「流れを逆転させる」と期待を示した。
プルイット氏はトランプ氏同様、地球温暖化対策に懐疑的だ。火力発電所の二酸化炭素(CO2)排出を規制するオバマ政権の「クリーンパワー・プラン」がエネルギー産業を圧迫していると批判し、よりにもよってEPAを相手取り無効を求める訴訟を起こした。
この規制は米国が掲げる温室効果ガス削減目標「2025年までに05年比で26~28%削減」の根幹であり、新長官のもと廃止されれば目標自体が有名無実化する。
山本公一環境相は9日の記者会見で、「いままでどういう発言をされていたかは重々承知している」と述べ、警戒感をあらわにした。プルイット氏の思惑を探るため同省幹部を米国に派遣し情報収集に当たる。
ぬか喜びに嘆息
トランプ氏は大統領選後の米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューで、パリ協定からの脱退を掲げた自身の発言について「注意深く検討している。この件について私はオープンな考えを持っている」と方針転換を示唆し、環境問題の関係者に安堵(あんど)感が広がった。
パリ協定は発効後4年間は事実上脱退できない規定がある。昨年12月の採択後1年に満たない短期間で各国が批准を進め、今年11月に発効させたのは“トランプ封じ”の狙いもあった。
ただ、パリ協定は温暖化対策に後ろ向きだった発展途上国を巻き込むため、目標の達成が義務付けられなかった。つまり、脱退しなくても「政権交代による政策変更で実現不可能」と押し通すことが可能だ。各国は国際会議で集中砲火を浴びせることはできても、対策を無理強いはできない。
トランプ氏はシェール開発規制の緩和などを通じて国内の化石燃料資源を最大限に活用する方針だ。そのため、クリーンパワー・プランを廃止し、米国が温暖化対策に投じる予算を1000億ドル削減するとも発言している。こうした政策は与党・共和党の基本方針とも合致しており、プルイット氏のもと、温暖化対策と対立するエネルギー政策が進められる可能性が高い。
米国の暴走は、今回初めて排出削減を義務付けられた途上国にも“宿題”をさぼる口実を与える。パリ協定は発効直後からその実効性が揺らぐことになった。
存在感増す中国
米国の混乱をよそに、でっちあげの犯人と名指しされた中国は平静だ。「米経済にも有益だと米国自身が気付いた方がいい。温暖化対策に前向きになるべきだ」(劉振民外務次官)とトランプ氏をいさめる。
中国が前向きな姿勢を崩さないのは、「2030年に排出量をピークアウト」という自国の目標が容易に達成できるうえ、優等生でいたほうが拡大するさまざまな温暖化ビジネスで主導権を握れるとの思惑がありそうだ。必ずしも国際協調に熱心なわけではない。
その証拠に、世界貿易機関(WTO)加盟の有志国が環境配慮製品の関税を削減・撤廃する「環境物品協定」は、中国の強硬姿勢が障害となり目標だった年内の大筋合意を断念した。
中国が「地球に優しい」と輸出拡大を目指す自転車の関税撤廃を欧州が渋ったことや、日米が求めた高効率発電のガスタービンの自由化に自国産業を保護したい中国が難色を示したことなどが混乱の要因という。
パリ協定の実施を裏打ちする詳細なルールは2018年に決まる見込み。温暖化対策の旗手として一躍脚光を浴びる中国が、ルールを自国に有利な内容にしようと動くのは間違いない。
一方、トランプ政権の誕生に慌てる日本は、パリ協定の国内承認手続きで出遅れるなどむしろ存在感を落としている。米国が温暖化対策から撤退すれば、他の先進国とともに途上国への支援金を肩代わりするよう求められる恐れもある。国際情勢の変化を踏まえ、国益を損なわないよう、したたかな対応を迫られる。(田辺裕晶)
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