トランプ外交、中東政策のカギ握るユダヤ人脈 イスラエル右派にてこ入れか

 

 安倍晋三首相(62)がドナルド・トランプ次期米大統領(70)と11月に会談した際、同席した長身のイケメン青年を覚えているだろうか。トランプ氏の義理の息子ジャレッド・クシュナー氏(35)。トランプ氏を取り巻くユダヤ系人脈の中で、中東政策のカギを握る「側近中の側近」だ。

 彼はユダヤ教徒の中でも保守的な「ユダヤ教正統派」に属する。安息日や断食などの宗教戒律を厳格に守る人たちだ。トランプ氏の長女イバンカさん(35)は結婚のため、キリスト教からユダヤ教に改宗した。

 「正統派」は、ユダヤ系米国人の約1割に過ぎないが、宗教的情熱から聖地への思いが強く、イスラエル支援に熱心だ。旧約聖書を元に、ヨルダン川西岸のパレスチナ占領地を「神がユダヤ人に与えた土地」とみなす傾向が強い。西岸はイスラエルが1967年に武力制圧し、イスラエル右派は国際法に違反してここにユダヤ人の移住を進めている。クシュナー氏はこうした移住者が住む「入植地」の支援者だった。

 私は7年前に西岸の入植地を訪ね、米国人の多さに驚いた。中東和平は、アラブ系パレスチナ人による西岸への国家樹立が目標。米歴代政権も「入植地は認めない」の立場をとってきたが、彼らはおかまいなしだ。「ニューヨークのビジネスマンだった」という住民が何人もいた。掲示板はヘブライ語でなく英語。アメリカン・フットボールの愛好会まであった。米紙ワシントン・ポストによれば、クシュナー氏の家族は在米財団を通じて2011~13年、入植地に5万8500ドルを寄付した。

 ユダヤ系米国人対象の調査では、パレスチナ国家樹立による和平実現は「可能」とみる人が全体の6割を占めたのに、正統派の間ではわずか3割。

 今月、トランプ氏がイスラエル大使指名を発表したデビッド・フリードマン氏(57)も熱心な正統派ユダヤ教徒。企業破産を扱う弁護士で、20年前からトランプ氏を支えてきたビジネス・パートナーだ。

 彼は入植地の支援団体の会長で、「パレスチナ国家樹立」の和平案を正面から否定する。今年2月、イスラエルの右派系メディアへの寄稿で、和平案について「戯言だ。もうやめろ」とこき下ろした。「入植地支援」を公言するユダヤ系が米国の駐イスラエル大使に起用された例はない。

 イスラエルの右派政権は、トランプ政権発足を前に活気づいている。12月初め、国会は「入植地法案」を承認した。入植地の4千戸以上の住宅を合法化するための法制定に向けた第一歩で、事実上の「併合」法案だ。パレスチナ自治政府だけでなく、和平推進派の米ユダヤ系団体にも反発が強い。

 ネタニヤフ首相は11日に米テレビで、「私はトランプ氏をよく知っている。わが国を支持する姿勢は明らかだ」と述べ、米新政権との関係構築に自信をみせた。

 イスラエル国家安全保障研究所のオデド・エラン上級研究員は、「トランプ氏がイスラエルの『真の友人』かどうかは、イラン政策で決まる。わが国にとって重要なのは、宗教的情熱ではなく、安全保障への米国の関与。イランの脅威は、パレスチナ問題より切迫している」と指摘する。

 トランプ氏が次期国務長官に指名したレックス・ティラーソン氏(64)は石油業界出身で、パレスチナ側を支持するアラブ諸国と関係が深い。エラン氏は「イスラエルは、イランを敵視するアラブ諸国と急接近している。ティラーソン氏が仲介役になってくれるのはよいことだ」と話す。

 トランプ外交の行方が不透明な中、確実なのはイスラエル、パレスチナの和平合意がさらに遠のくということだ。

 トランプ氏は「中東和平という偉業」に意欲を示したが、ユダヤ系側近の声に従っていては、実現は見込めない。そればかりか、アラブ諸国に対するイスラエルの戦略的接近すら、断ち切ることになりかねない。(三井美奈)