高橋昭雄東大教授の農村見聞録(40)

飛び立つミャンマー
水路から水田に水をくみあげるポンプ。漏れ出た水で、水路わきの道路が浸食されている=2017年2月、カンボジア・ポーサット(プルサット)州(筆者撮影)

 ■農業水利からみたカンボジアとミャンマー

 私は今、カンボジアにいる。当地での水利組合の設立促進や運営能力の強化に向けて、同国水資源気象省が日本の協力の下で推進しているプロジェクトの一環として、カンボジアの水利組合の実態を調査するのが滞在の目的である。本稿では、カンボジアの農業水利の実態を調査した感想を導きの糸として、日本、カンボジア、そしてミャンマーの農村を比較してみたい。

 ◆天水田に脱出可能

 日本では稲作に必要な用水を、降雨などの自然的な条件のみで入手できる天水田がきわめて少ない。自然の余水を堰(せき)や水路、溜池やダムなどの灌漑(かんがい)施設を通じて、取水し、分水し、導水し、配水せねばならない。このため、灌漑施設の建設と補修に必要な土木技術の発達度合いが、日本の稲作の発展段階を規定してきた。

 支配者たちは、大規模な土木工事を行うとともに、水利用にともなう地域的な利害対立を調整した。「水は高きから低きに流れる」ため、水量や水質、利水や排水などをめぐり、上流と下流の地域的な対立が激しく、これを調停する権力が必要だったのである。

 また農民たちも、自分だけで個別に水を利用できないため、村落を中心に水利共同体を結ばざるをえなかった。農民はこの共同体を通じて上から支配されながら、同時に農業生産の基礎となる水利の日常的な維持管理と小規模な水利工事を運営してきた(玉城哲、旗手勲『水利の社会構造』国際連合大学1984年)。水利共同体への不参加は十分に「村八分」の理由となりえた。こうした水利管理や村落共同体は、少なくとも50年ほど前の日本の農村には引き継がれており、その残照は今も残る。

 カンボジアのアンコール王朝(9~15世紀)の基盤はトンレサップ湖周辺の灌漑施設にあり、半乾燥地である中部ミャンマーに展開したミャンマーの歴代王朝(11~19世紀)も農業水利の整備に力を入れてきた。

 支配者が土木工事を推進したのは3国とも同様であるが、農民の共同管理はどうだろうか。

 近世以降の日本は、どこの地も、水と土地を自主的に管理する村落共同体で覆われ、農民は逃げれば追われ、逃げた村でもすぐに農民になれるわけでもなかった。ところが、カンボジアやミャンマーでは、水利の整備された王朝核心部の周辺に広大な大地が広がっていた。「共同体」的な厳しい管理に嫌気がさせば、そして王朝が提供する安全な生活を捨てる覚悟があれば、天水で稲作が可能な無限の可耕地にいつでも脱出することができた。村八分の目に遭って「二分」の恩恵のために我慢して村に住む必要はなかった。当然、日本の村落共同体のように強固な凝集性を持つ集団は生成しなかったものと考えられる。そして、その構造は今も変わっていない。

 それでも、ミャンマーでは農民たちが自ら水路の補修・管理をしていた。1990年代の私の調査によると、4次・5次の小用水路には、灌漑局によって水路頭が任命され、受益農民に号令して、水路の除草や浚渫(しゅんせつ)を行っていた。

 しかし、1つの水路の受益には複数の村の農民が関っており、また1人で複数の水路に関っている農民も多数いた。すなわち、末端灌漑設備は村で管理するものではなく、これに関わる協同労働は、日本とは異なり、村の共同体的凝集性を高めるものではない。

 ◆強制的な協同労働

 カンボジアでは、ポル・ポトのクメール・ルージュの支配下(1975~78年)での、強制的な協同労働によって、百万人を超える犠牲者を出しながら、人力のみで総延長が1万5000キロ、地球の円周の3分の1にもなる水路が、わずか3年8カ月で掘削された。このポル・ポト水路は方形の美しいものであるが、重力を無視して掘られたものが多く、欧米の技術者からは、全く役に立たないばかりではなく、自然環境に対して有害なものさえあると非難されてきた。

 この水路の一部でも、改修し管理して利用しようとするプロジェクトが、カンボジア当局と日本の協力によって進められている。日本人専門家の話によると、ポル・ポト水路は水田より水位が低いので、重力灌漑ができないという。この点は日本やミャンマーとは大きく異なる。

 だが、今はポンプという近代技術がある。私が実際に見た農民たちは、低い位置にある灌漑水路だけでなく、排水路からもタイ製のエンジンとポンプで水田に水を入れて乾期水稲作を行っていた。これで水路わきの土手が壊れようがおかまいなしである。農民にとっては、そこに水がたまっていればよく、水路を共同管理して水を流すということには、ポル・ポト時代の強制協同労働の暗黒が影響していることもあろうが、ミャンマーよりもずっと関心が薄いようであった。

 日本人は稲作というと共同体を連想するが、ミャンマーやカンボジアでは稲作こそ日本より盛んであるが、そこに共同体は存在しない。水利組合の設立においては、共同体を前提としない水管理システムの構築が模索される必要がある。