復興庁5年 被災3県、評価と不満相半ば 「道筋つけた」「政策決定に時間」

 

 東日本大震災からの復興政策を統括し、被災自治体の窓口として設置された復興庁について岩手、宮城、福島の被災3県では、5年間の貢献を評価する声と、政策決定が遅いなどと指摘する不満の声が相半ばする。

 岩手県沿岸部の13市町村で構成する復興期成同盟会の会長として、被災直後から復興庁設置を求めてきた釜石市の野田武則市長は「職員が何度も現地に足を運び、5年で復興の道筋をつけてくれた」と謝意を示す。

 課題について「市町村への財源や権限の移譲が不十分だった。職員も頻繁に交代したため、事業開始までに時間がかかり復興が遅れた」と指摘。より柔軟に使い道を選べる復興交付金の創設と、市町村と意思疎通を図るために、東京ではなく被災地に本部を置く必要があるとの認識を示した。

 福島県の内堀雅雄知事は「震災直後はどこの省庁に相談したらいいのか分からないこともあったが、真っ先に相談できる政府機関ができ、よりどころになった」と評価する一方、「職員が2、3年で異動し、新たに来た方は震災直後を知る方と比べて認識のギャップがある」として職員の意識における「震災の風化」を最大の課題に挙げた。

 2021年3月末までに廃止されることについては「福島の復興は10年のスパンで片付けられない部分が残る。国は復興をリードしていく体制を継続することが重要だ」と述べた。

 町の面積の約8割が帰還困難区域となっている浪江町の馬場有町長は「各省庁から出向してきた職員が出向元の考えを気にするところがあり、決定に時間がかかる」と指摘。3月末の避難指示解除を控える川俣町のある町議は「各省庁との調整役を果たせておらず、障壁となっている」と批判した。

 宮城県南三陸町の佐藤仁町長は「復興庁がさまざまな支援をしてくれたおかげで今の町の姿がある」と言う。津波で壊れたり、流失したりした施設を震災前と同じ場所で復旧するよう強く求められ、落としどころを探るのに苦慮したことを明らかにし「(復旧に)時間がかかった部分もある」と述べた。

 宮城県沿岸部のある自治体職員は「省庁をまたぐ事業の調整を期待したが、物足りなかった」と不満を漏らした。