ミャンマー 内戦で荒廃の町、平和構築のモデルに 旧敵同士が観光開発
ミャンマー政府軍と少数民族武装勢力カレン民族同盟(KNU)の内戦が約60年間続いた同国東部カイン州の町が、観光地として脚光を浴びている。2012年の停戦合意後、旧敵同士が共に観光開発を進めてきた。にぎわい始めた町で、当事者たちは平和構築のモデルにしようと奮闘している。
山道を車で進み、標高約1200メートルの山頂付近にさしかかると、なだらかな斜面に木造民家が並ぶ。人口約4000の町タンダウンジー。キリスト教会を中心に町が形成され、住民の大半は少数民族カレンだ。
「内戦中は銃声が響き、生きるのに精いっぱいだった。今は平和になり、収入も増えて幸せ」。宿泊施設の女性オーナー、サー・ゲイさんが笑みを浮かべた。食料品店を営んでいたが、停戦翌年の13年に築約100年の自宅を改装し、宿泊施設をオープンした。
山頂から見渡す山々や雲海の絶景を目当てにミャンマー人旅行者が年々増え、全5室は毎週末、満室になる。町役場によると、週末には約100人の旅行者が町を訪れる。宿泊施設は7軒になり、地元産のコーヒーやワインを土産として売る住民もいる。
多数派ビルマ民族の支配に抵抗したKNUは、独立とカレン民族の権利向上を求めて武装闘争を1949年に開始した。複数の住民によると、町の周辺で政府軍とKNUが交戦したほか、政府軍が住民を荷役などの強制労働に駆り出し、命を落とす人もいた。政府軍の掃討でKNUは次第に劣勢になり、停戦に至った。
主な産業は農業しかなく、停戦後も町は荒廃していた。そうしたなか、復興策として教会の牧師や住民が観光地化を発案。スイスの非政府組織(NGO)「ピース・ネクサス」が仲介役となり、政府とKNU、牧師、住民が2014年から定期的に会合を開いて宿泊施設の整備などを話し合ってきた。
「長年の戦闘で誰も幸せにならなかった。政府への個人的感情は脇に置いて、町の発展に尽くすことにした」。KNUの地区トップで元戦闘員のトゥン・ケイ氏が強調する。
ビルマ民族の政府職員も「両者が協力し合えるとは内戦中は想像できなかった。人々の生活を良くしたいという思いは一緒だ」と語る。
KNUの若手メンバーが「政府は今もカレン民族の教育機会を奪うなど、差別を続けている」と批判するなど、信頼醸成は道半ばだ。しかし、ピース・ネクサスによると、会合では双方が談笑する光景も見られる。同NGOの担当者は「紛争地域での平和構築のモデルにしたい」と意気込んでいる。(タンダウンジー 共同)
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【用語解説】ミャンマーの少数民族
中国やタイとの国境近くを中心にシャン、カレン、カチンなどの少数民族が住み、全人口約5400万の約3割を占める。ミャンマー政府によると、細分化した場合、民族数は計135に上る。1948年の独立後、多数派ビルマ民族の支配に反発した少数民族がそれぞれ武装勢力を立ち上げ、広範な自治権を要求してきた。一部の少数民族地域では鉱山資源や森林資源が豊富にある。(タンダウンジー 共同)
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