「こども保険」は教育向上につながらず

高論卓説

 ■質的議論抜きでは制度行き詰まり

 教育財源確保のため政調会長の茂木敏光氏を委員長に、自民党内に「人生100年時代の制度設計特命委員会」が設置され、「こども保険」創設の議論が本格的に始まった。結論からいうと、この議論には、子育ての経済的支援の目的はあっても、教育の質的な観点からの議論はない。場当たり的な対応で反対だ。また年金や医療の社会「保険」料と同じく、国民の新たな負担となり、長い目で見れば、結局制度は行き詰まり、少子化や教育の質的低下がますます進むことになると思わざるを得ない。

 今春、中学に進学した子供を育てる親として実感することは、子供は社会人になり経済的に自立するまで、大きくなればなるほど、お金がかかる。義務教育もあと3年であり、その後は給付型奨学金も創設されたが、基本的には国公立の学校を選ばない限り、家計への教育費の負担は膨らむ。子育て世帯は、この後に控える出費に備え、今は、無駄な支出はしないよう、財布のひもをがっちり締めている。

 しかし本来、家族で余暇を楽しむなど、複数の人の移動や外出は、社会として大きな経済効果を生む。その意味からも、給付型奨学金や高校無償化、また幼児教育の無償化の議論により、子育て層への経済的支援の必要性が理解されることは大いにありがたい。

 家庭の経済格差の連鎖が起こらないようにすることも重要だろう。「こども保険」は教育の無償化のための財源ではあるが、これに反対する理由は次の2点である。

 1つは、教育の無償化は、国がどこまで責任を負うのかという議論を抜きに行うべきではないからである。国費を投じ、無償化する高校の教育の目的は何かをまず考えなければならない。

 幼児教育の無償化も同じだ。また無償化するのなら、なぜ義務教育化しないのか。義務教育化しない教育に、国費を投じる理由がはっきりしない。そのことに広く国民の理解が得られるのか。

 もう一つは、教育の無償化を拡大するといいながら、義務教育の教員定数の削減を進めていることである。子供の数に応じて、教員の定数管理を行うことは、現在の子供を取り巻く環境を考えるとあまりに時代遅れだ。今の子供たちは、ネットやゲームといった仮想空間の環境と、働く母親の増加という家庭環境に置かれている。家庭の教育力の低下からも、学校の役割や負担は大きくなる一方である。

 情報教育や外国語など、教える内容も幅広くなっている。しかし、少子化という理由から、教員定数は毎年3000人超減少している。今年度もいじめ問題や特別支援教育に当たる「加配教員」は増員の予定だが、通常の教員は削減で、差し引きマイナスであることには変わりない。教育の重要性を説きながら、教育費を削減し、さらに別の方法でその無償化を進める。この矛盾をどう説明するのか。

 こども保険も、教育国債も国民の新たな負担であることは間違いない。負担の公平性の観点からも問題がある。国費を投じる範囲を広げるのであれば、そこで学ぶ子供たちに何を求めるかを明らかにすることは当然だ。

 合わせて、社会保障費に上乗せし、新たな保険料を発生させるのなら、高額な終末期医療や増加傾向にある診療報酬や残薬の問題など、先に改善すべきことは山ほどある。それをせずに国民負担を安易に増やすことは、政治の役割を果たしていないことと自覚してほしい。

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【プロフィル】細川珠生

 ほそかわ・たまお 元東京都品川区教育委員。ラジオや雑誌でも活躍。父親は政治評論家の故細川隆一郎氏。千葉工業大理事。