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薬学新時代をリード 東京薬科大学の挑戦
東京薬学専門学校の初代校長を務めた丹波敬三氏(1854~1927)

 ■日本最古の私立薬系大学 幅広い人材育む

 東京薬科大学の前身である私立東京薬舗学校は1880(明治13)年に丸岡藩(現在の福井県にあたる越前国を支配した藩)の御殿医であった藤田正方氏により創設された。今年で創立137年になる日本最古の私立薬系大学の歩みは、そのまま日本の薬学の歴史とも重なる。

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 ◆創立の背景

 藤田正方氏は1846(弘化3)年に生まれ、68(明治元)年に東京大学医学部の前身である医学所に入学した。71年に卒業。同医学所やその後発足した第一大学区医学校で後進の指導にあたった。

 私立東京薬舗学校の創設に関わることになる下山順一郎(私立薬学校初代校長・生薬学)や丹波敬三(私立薬学校監督、薬品鑑定)、そして森鴎外(林太郎)や細菌学者となった北里柴三郎もこれらの医学校で学んでいる。

 東京薬舗学校が創立された同じ80年には日本薬学会の前身である東京薬学会が誕生した。学問としての薬学の重要性が認識され始めた時期に薬舗学校が創設されたことがわかる。

 ◆先人の功績

 83年、私立東京薬舗学校は東京薬学校に改称した。東京薬学校は藤田正方氏の亡き後、大井玄洞氏、山田薫氏、熊沢善庵氏が交代で校長を務めながら学校の存続を守った。

 その後、薬学講習所と合併し、88年に私立薬学校が設立。下山順一郎氏が初代校長を務める。私立薬学校はさらに私立東京薬学校への改称を経て、下山順一郎氏の没後1917年には東京薬学専門学校が設立され、丹波敬三氏が初代校長を務める。丹波敬三氏は平安時代にわが国最初の医学書である「医心方」を編纂(へんさん)した渡来人の丹波康頼の子孫にあたり、東京大学薬学科の教授も務めている。俳優の故丹波哲郎の祖父でもある。

 北里柴三郎氏の門下生であった秦佐八郎氏は、最初の化学療法剤である梅毒の特効薬のサルバルサンをエールリッヒのもとで発明。丹波敬三氏はこのサルバルサンの国産化に成功したという経歴を持つ。

 ◆引き継がれる建学の精神

 戦後の1949(昭和24)年には、東京薬学専門学校と東京薬学専門学校女子部を合わせ、現在の東京薬科大学の男子部と女子部となりその設置が認可され、65年に東薬大は大学院薬学研究科の博士課程を開設。

 以後、多くの卒業生が国公私立大学や研究所、企業などで研究者として活躍している。一方で、医療人としての薬剤師を育成する医療薬学の専攻科を76年に開設。専攻科を通じて、幅広い医療薬学分野で活躍する人材の育成も図ってきた。また94年には日本初の生命科学部を設置するなど、薬学と生命科学分野の融合と連携を意図した新たなチャレンジは今も継承されている。