高橋昭雄東大教授の農村見聞録(45)
飛び立つミャンマー■人口・世帯調査にみる31年の変化
2014年に実施された31年ぶりの「ミャンマー人口・世帯センサス」について、15年5月29日に公表されたデータに関しては農村見聞録(26)(15年6月12日付)で、16年3月28日にリリースされたデータに関しては農村見聞録(37)(16年5月20日付)で分析した。その後、宗教別人口に関する調査結果が16年7月21日に発表されたが、民族別人口はいまだ明らかにされていない。今回は見切り発車で、1983年と2014年の2つのセンサス結果から、この31年間の変化をまとめてみることにする。
◆世帯規模が縮小
表に示したように、人口は約3412万から約5028万に増加した。年平均増加率は1.26%である。当局は1.8~2%の増加率を見込んで毎年の統計を作成してきたが、それを大きく下回り、センサス前まで政府や国際機関が使ってきた推定人口6000万よりもずっと少ないことが判明した。女性1人当たりの生涯出産人数を示す合計特殊出生率が1983年の4.73から2014年には2.26になっており、推計値はこの急減を見誤ったものと思われる。
女性人口を100とした男性人口、すなわち性比は93と、前回の1983年センサスの98.6よりも大幅に低下し、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国の中では最低である。男性の死亡率が女性よりも高いのが主因である。女性世帯主比率が増加した要因でもある。
都市に住む人口の割合すなわち都市化率は24.8%から29.6%に上昇した。この都市化に伴い、農業人口も変化した。1983年には農林水産業従事者は全就業者の64.6%だったが、2014年には52.4%に減っている。都市化率の上昇よりも農業人口の減少幅が大きいのは、農村部でも脱農化(Deagrarianisation)が進んでいるからである。
世帯規模すなわち平均世帯員数は5.19から4.41に減少した。世帯数が増加する原因は、子供が結婚すると別に家を建てて所帯を構える「オークェ」という慣習にある。ここで子供の数が多く親が長生きする傾向がある場合、世帯数は爆発的に増える。しかし、別居した子供世帯の出生率が下がると世帯数の増加ほどには人口は増加しない。すなわち世帯規模は小さくなる。
生産年齢人口対総人口比率は57.5%から65.6%に増加した。15~64歳の生産年齢人口が100人当たりで年少者(15歳未満)と高齢者(65歳以上)を何人支えているかを示す従属人口指数は73.9から52.5に減少し、本格的人口ボーナス期を迎えている。ただし老年化指数が倍増していることも見逃してはならない。
◆内戦終結が急務
生産年齢人口に占める労働力人口も、1983年の57.2%から2014年には64.4%に増えた。社会主義経済から市場経済へと移り変わる中で、労働市場への参加率が増えたものと考えられる。だがここで気になるのが、10~14歳の年少者の労働力率である。1983年の10.8%から2014年の12.1%にわずかに増加した。児童労働が増加していることを示している。
早期の就業は教育歴とも関連する。5歳以上で就学歴のない者は48.4%から20.2%に減少したが、2014年時点で小学校(5年制)以下の教育しか受けていない者が、都市部で30%、農村部に至っては52%におよぶ。高校卒業以上の人口比は31年の間に倍増したが、それでも1割ほどしかいない。
こうした低い教育レベルに対し、僧院教育の普及もあって、識字率は高い水準を保ってきた。だがASEAN諸国の経済発展に追いつくためには、高識字率程度では不十分である。まずは基礎教育の義務化、そして中高等教育の充実が急務であろう。
宗教別人口に関する調査結果の公表が遅れたのは、激化している深刻な宗教対立のためである。バングラデシュとの国境地帯に住むムスリム(イスラム教徒)のロヒンギャ100万人以上は、治安上の理由からそもそも2014年センサスの対象とはならず、過激な反ムスリム運動を主導する仏教徒のナショナリスト団体は、ムスリム人口の増大は国家の「大問題」であるとセンサスの実施前後から唱えていた。社会の「安定」のために宗教人口の公表は遅れ、かつムスリム人口は低く、その分、仏教徒人口比90%は高く見積もられている可能性が高い。
宗教別人口と同時に公表されるものと思われていた、1983年センサスでは公刊された民族別人口がいまだに発表されていない。内戦の終結と民族の融和を目指して現在行われている「21世紀パンロン会議」が成功しないかぎり、公にはされないであろう。
そもそも、両年のセンサスとも、カチン、カレン、シャンなどの少数民族諸州の一部地域では内戦の影響で実施されていない。本当の意味でのセンサス=全数調査が実現するのはいつになることであろうか。(随時掲載)
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