現職知事が問われた宗教冒涜罪には欠陥も

ジャカルタレター
判決を前に法廷に入廷するアホック氏=5月9日、首都ジャカルタ(AP)

 現職ジャカルタ特別州知事のバスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)氏に宗教冒涜(ぼうとく)罪で禁錮2年の判決が5月9日に下された。キリスト教徒であり華人系のアホック氏は、コーランを侮辱する発言をしたとして起訴されていたが、ジャカルタ知事選に出馬し、アニス氏との決選投票(4月19日)の末、敗退した直後だった。

 宗教冒涜罪の疑いがかけられ無罪になったケースはないといわれていただけに、アホック氏への判決は仕方がないという意見もある一方、検察側の求刑を上回る判決だっただけに、判決の妥当性について疑問の声も上がっている。また、各地でアホック氏の釈放を求めたデモも起き、インドネシアでは、いまだに宗教は政治において無視できないということをあらためて考えさせられた。

 ◆政治的に利用

 そもそも宗教冒涜罪は「指導される民主主義」といわれたスカルノ大統領時代の1965年にできたものである。スカルノは「ナショナリズム(Nasionalisme)、宗教(Agama)、共産主義(Komunisme)」からの造語である「ナサコム(NASAKOM)」というスローガンのもと、宗教やイデオロギーを背景にした対立勢力の団結を訴え、統治を強化した。刑法に宗教冒涜罪を規定することで、宗教をめぐるいざこざを未然に防ぐ狙いがあったといわれている。

 しかし、宗教冒涜罪には時の権力者らに解釈が任されている部分もあり、政治的に使われることも起きている。アホック氏のケースも、現職知事の再選を妨害すべく政治的に利用されたとみている人が多い。

 ◆少数派は不利

 インドネシアは、国際人権規約に加入しており、宗教の自由が保障されているとはいえ、宗教冒涜罪が実質適用されるのは5つの宗教・教派(イスラム、プロテスタント、カトリック、ヒンドゥー、仏教)だけであり、イスラム教の内部対立によって迫害されているアフマディア教団やシーア派といった宗教上のマイノリティー(少数派)を守る仕組みにはなっていないという。

 このため、宗教上のマイノリティーグループが5つの宗教・教派のどれかを冒涜した場合は罪にあたるが、例えばイスラム教徒がアフマディア教団を冒涜しても罪に問われないという欠陥があるという。

 アホック氏のケースも、もし、イスラム教徒によるキリスト教徒への冒涜発言であれば、同じ判決にはならなかったのではないかといわれる。多くの人権活動家は、65年に宗教冒涜罪を規定した刑法156a条は、政治的に利用される可能性があることや、宗教マイノリティーを守れないという欠陥を抱えたままであることを理由に廃止を訴えている。

 日本人のわれわれには理解しがたい宗教アイデンティティーをめぐるさまざまな政治的駆け引きや政治利用は今、世界中で起きている。

 「多様性の中の統一」を掲げるインドネシアが世界のお手本となるべく、アホック氏のケースから学び改善してほしい。そして、政治を良くしたいのであれば、日本も含め、宗教アイデンティティーではなく、政治家としての質で選べるようにならなければと思う。(笹川平和財団 堀場明子)

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