自動運転、実現に向けそろり 都心移動手段の議論急げ

視点
フジサンケイビジネスアイの鈴木正行副編集長

 □フジサンケイビジネスアイ副編集長・鈴木正行

 社会システムの根幹を変える自動運転の実現に向け、国や自治体による実証実験が相次いでいる。政府は成長戦略として早ければ2020年に高速道路など特定の条件下で自動走行できるレベルの実現を目指しているが、議論からは都心の公共交通を絡めた戦略が見えてこない。

 道の駅「にしかた」(栃木県栃木市)で9月、自動運転サービスの実証実験が行われた。バス型の自動運転車が配備され、周辺住民がスマートフォンで呼び出したり、定時で運行したりすることを想定している。国土交通省によると、公共交通機関が少ない中山間地域で住民の足を確保するのが狙いで、全国13カ所で実施する。

 愛知県は今月3日から、高速道路のパーキングエリアに連結した複合施設「刈谷ハイウェイオアシス」(同県刈谷市)内で、遠隔型自動運転システムの実証実験を始める。敷地内のバス停から約500メートル先の駐車場までの距離で行われ、衝突などの危険を察知した場合、遠隔操作により緊急停止などの措置を講じる。

 国交省は、昨年12月に自動運転戦略本部を発足し、自動運転実現に向けた支援策などについて議論を進めている。同省の別の研究会では、事故時の賠償ルールなどについて検討している。警察庁でも、学者や業界団体メンバーによる調査検討委員会を立ち上げ、来年度からは具体的な法整備の検討が始まる見込みだ。

 自動車メーカーも積極的な技術開発を進めている。トヨタ自動車は、20年代前半に一般道で自動運転できる技術の実用化を見据える。日産自動車は、高速道路の単一車線で自動運転できる機能の搭載車を販売しており、20年ごろには一般道でも導入する計画。ホンダは25年をめどに一定の条件下で人が関わらない「レベル4」の自動運転の実現を目指す。車の割り込みや歩行者の動きなどをどう予測するかの鍵を握るのが人工知能(AI)技術で、IT企業など異業種を含めた開発競争が激化している。

 こうした中で、すっぽり抜け落ちている議論がある。都心で自動運転を導入した場合の公共交通のあり方だ。日本総合研究所創発戦略センターの井上岳一シニアマネジャーは「都市では『公共交通の代替』『徒歩圏の新たなモビリティ』『非日常のモビリティ』として自動運転があり得る」と指摘するが、国内ではまだこうした議論が進んでいない。

 理由の一つとして、国内の自動車産業への“配慮”がある。公共交通で自動運転車が普及すれば、移動手段としてのマイカーを持つ人が減ってしまう。自動車の需要が減少すれば、中小企業の裾野が広い自動車業界への影響が懸念されるからだ。

 海外に目を向ければ、都市部で自動運転システムを活用しようとする動きが始まっている。シンガポールでは、昨年8月に世界に先駆けて自動運転タクシーの実用試験が始まった。今年4月には、同国の科学技術庁や大学などが参加したコンソーシアムが、自動運転バスを開発すると発表した。同国の南洋工科大(NTU)は、仏自動車メーカーと協力し、GPS(衛星利用測位システム)やカメラ、センサー式測定装置などの機器を搭載したバスを公道で走らせる。国土が狭く、渋滞解消のため個人の車所有を制限している同国ならではの取り組みともいえるが、政府には、効率的で利便性の高い移動手段の確保や、バス、タクシー運転手の人手不足の解消という狙いもある。

 米国では、フォード・モーターやゼネラル・モーターズ(GM)が公共交通の運行事業に参入している。フォードは21年までに完全自動運転車を実用化し、個人向けではなくライドシェア(相乗り)向けに投入する。自動車の生産・販売にとどまらず、さまざまな移動手段を包括的に提供する考えだ。自動運転をきっかけに公共交通のあり方が問われており、ビジネスモデルの再考が迫られている。

 国際競争が激しい自動車業界において、変化を先取りした商機に出遅れたり躊躇(ちゅうちょ)したりすれば、将来にわたる収益機会を失いかねない。世界の潮流に乗り遅れないよう、官民を挙げて対応することが急務だ。