【ローカリゼーションマップ】審美性だけでなく「美意識」を育てよ デザインの考え方で社会変革目指すリトアニア

 
ルータ・ヴァルサイティ氏

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 「もともとリトアニア人の美的センスはそう悪くなかったのです。イタリア人のようなレベルにはかなわないかもしれませんが…。しかし、ソ連時代に入ってきたロシアのケバケバしい趣味は、オリジナルとしてあった審美性にかなり打撃を与えました。これが90年代以降、国を復興させていくにあたり大きな問題になっていると感じています」 

 こう語るのはバルト三国の一つ、リトアニア第二の都市にあるカウナス工科大学デザインセンター・ディレクターのルータ・ヴァルサイティである。

 ソ連の均一社会によって失われたのは労働意欲だけでなく、住居から服に至るまえでの個性であった。身の回りのものを美しくしようとの意識が低下したのである。

 90年代前半、ソ連の支配から解放され、2004年にはEUのメンバーになる。そうした流れのなかで西欧の美的センスに接する機会が増え、お洒落の平均レベルも向上した、という。ベルリンの壁崩壊の6年前、1983年生まれの彼女が言葉を続ける。

 「が、問題は審美性だけではなく、価値判断をする際の美意識の向上が問われているのです。デザインを考えるとは、美しくするだけでなく、意味をつくる、ということですよね。とすると美意識の欠如は、国や社会の構築にあたりとても痛手なのです」

 まったく何もない、とにかく家をどうにかして建てなければいけない状況で、こうした話は出にくかった。90年代がそうだ。しかしながら、今世紀に入り家ができたところで、このままがむしゃらに家を建て続けてよいのだろうか、との問いが出始めたのである。

 産業の世界で働く人たちも同じことに気がついてきた。同国にはプログラマーの人材も豊富だが、ただコードを書いていればビジネスが回るわけではないと思った人たちは、ビジネスやUXを設計するのにデザインの考え方が有用である、とデザイン書に手を伸ばすようになってきた。

 人口約320万人の同国は国外市場で稼いでいくしかない。その時、プログラムを書いているだけなら、ソ連時代の役割分担制(例えばリトアニアはTVを生産する担当であった、とか)の延長線上にいることになる。あらたな意味をつくっていかないといけない。こう考える人が増えてきた。

 このような人たちを相手に、ルータはデザインの考え方を伝え、相談にのっている。

 「90年代の独立の際、私たちは大混乱の最中にありました。一部の政治家や官僚はモスクワと汚職関係にあり、良い関係があったデンマークからのサポートを断ったのですよ。あらゆる資産は売却され、一番大きな石油企業はポーランドの手に渡りました。そのような破綻的な状況から、私たちはスタートせざるを得なかったのです」(ルータ)

 混乱の極みの際は国としての独立体制を作ることが最優先だった。その際、デザインの人間の発言は殆ど顧みられなかっただろうが、このまま社会的にさらに余裕ができてきた時に勘案すればいいとのプロセスを辿ると、後で取り返しのつかないことになる。このような危機感が強い。

 EUのイノベーション政策の一つとして各国で実施されている、中小企業向けのデザインコースをリトアニアでも実施した(コース背景・詳細は安西洋之・八重樫文『デザインの次に来るもの』をご覧ください)。それをルータがオーガナイズした。

 「英国リバプールでのコースを見学しました。あそこと比べるとリトアニアではデザインに関する知識は全般的に低いですが、デザインの考え方を取り入れたいとの強い意欲は窺えました。特に、ビジネス全体を対象にするサービスデザインや意味のイノベーションという2つのテーマに対する関心が高かったです」と彼女は語る。

 このコースは参加者が学ぶだけが目的ではなく、社会の広い範囲に学んだことを普及させていくことが目標だ。啓蒙のきっかけをつくる。

 「私たちの国には何もないので、世界にあるあらゆる理論やアイデアに貪欲に食いついていくしかありません。試してみるしかないのです」と話すルータはデザインの実務経験があり、大学でデザインを教える。

 同時に、現在、ミラノ工科大学で博士論文の最終仕上げに全力を傾けている。(安西洋之)

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。