【ローカリゼーションマップ】リトアニアを訪ねて~ホームの巨大像に目を奪われる 車窓で行き来する思考
バルト三国の1つ、リトアニアを訪れた。首都、ヴィルニュスからおよそ100キロ離れたカウナスに電車で向かおうとした時、プラットホームの端に異様に大きな像が目に入った。天井に頭をぶつけそうな勢いだ。
最初、リトアニア出身の相撲とりがいたのかな、と思った。遠くからみて相撲とりに見えたのだ。調べると、同じバルト三国のエストニア出身の元力士、把瑠都凱斗(ばると・かいと)がいたが、彼とは無関係だと分かる。
そこでリトアニアの人に聞くと「あれはアーティストの作品です」と教えてくれ、米国人俳優ジェームズ・ガンドルフィーニであると知った。1990年代後半から10年近く放映されヒットしたテレビドラマ『ザ・ソプラノズ』の主役、巨漢トニー・ソプラノ役として駅のホームに立っているのだ。
周囲を圧するようなサイズには何らかの背景がある。
イタリアの街で異常に大きな建物はファシズム時代のものかカソリック教会と相場が決まっている。旧東ドイツには無駄に巨大な建物があったのを思い出す。日本には大仏という事例もある。
ほとんどは政治か宗教の力を誇示している。空間の広さや大きさに人は驚くとともに圧倒される。それが尋常ならざるサイズを設定する目的である。
広い空間には爽快な気分を味わえたりするが、大きすぎるものを見た時、それが大きな理由にぼくはどうしても思いを馳せてしまう。
例えば、直線の異常に幅が広い道路が「これは戦時には飛行機の滑走路として使う」と知ると、「ああ、やっぱり。そうなのだろうなあ」となる。
大は小を兼ねる。極めて実用的な発想である。しかし、前述したように、大は大であることによって意味があることが圧倒的に多い。
そういうことを考えながら、ぼくはカウナスに向かう車窓から外の風景を眺める。3月後半に入っているが氷点下で雪もちらつく。
雑木林が荒れている。あまり整備がされていない。そして山がない。リトアニアの平原は過去、近隣の大国たるポーランド、ドイツ、ロシアの人たちが駆け抜けるに都合が良かったはずだ。
が、一方で眼前にあるものを振り回された歴史ばかりに結び付けようとする自分の思い込みに、「要注意」のシールを貼りたくなる。
そういえば駅でチケットを買うと、スーパーのレシートのようなぺらぺらの紙でQRコードが印刷されてある。改札があるわけでもなく、そのまま電車に乗り込むと車掌が検札にやってくる。
QRコードを読み込むのかと期待していたら、薄っぺらな紙に記載されている内容をチェックして指で紙に少し切り込みを入れる。
電車の乗り心地は悪くない。車両が新しいだけでなく、あまりガタガタ揺れず静かである。
そのうちに気づいてくるのは車両進行方向の右側と左側での風景の違いである。特に川に沿って鉄道が伸びているわけでもないが、右側の方が荒涼としており、左側の方が住宅、畑、工業のいずれも発達している印象がある。
「そうか、ぼくは寂しい方ばかり眺めていたのか」と視野が狭かったことを反省し、なるべく両方の車窓から交互に外を眺めようと努めてみた。なぜ、このような差があるのか、と考えながら。
が、そう思って厳密に見ようとすると、逆に右側にも発達した農業や住宅風景があるのではないか、と思えてくる。ぼんやりと眺めていた時の印象が現実に近いのか、ちゃんと意識して見ようとして見た風景が実態なのか、自分自身で分からなくなってきた。なんとも心もとないものだ。
カウナスの駅に着いた。駅舎の目立つ柱に「杉原千畝は1940年9月4日にカウナス駅を出発する直前まで『命のビザ』を発給し続けた」とリトアニア語、日本語、英語の順で書かれたプレートが貼ってある。
このプレートに一礼をしてカナウス市内に入った。(安西洋之)
【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)
ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。
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