【ローカリゼーションマップ】リトアニアを訪ねて~カギ握る文化アイデンティティー 世界に挑むデザイナー

 
TVを開発したエンジニアとデザイナーの面々Photo by M. Ogajus and V. Sobalevas, 1972 (Lithuanian Central State Archives)

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 1970年代後半生まれのカーライナ・ジュカイトは、リトアニアの首都・ヴィルニュスの芸術アカデミーで「リトアニアのグラフィックデザイン史」で博士号をとった研究者である。カーライナはこう話す。

 「デザイン史で苦労するのは、ソ連時代のことを話したがらない人が多い、という現実に直面するからです。一律にどうとは言いにくいですが、ソ連の官僚制度のなかでいい思いをしていた人たちは、反体制思想をもっていた人たちの記憶を刺激したくないでしょう」

 ソ連時代、美的判断を下す評議会のリトアニア支部があり、TVのような製品から書名のロゴまでありとあらゆるデザインを審議した。エンジニアからデザイン史までさまざま分野の専門家が目を光らせる。「テクニカルな面の審美性」が重要で、デザインがもつ「意味」はコンテンツに属し、意味に触れることは評議会の管轄外であったようだ。担当はあくまでも「カタチ」なのだ。

 カウナス工科大学デザインセンター長であるルータが「ソ連時代にリトアニアの人の美的センスが低下した」と話していたが、カーライナは少々ニュアンスを異にする。

 「評議会が美的管理をしたことで、あまりに酷いものは出なかった、とも言えます」

 デザインにおける自由、あるいは個人の美的センス表現という観点から評議会の存在は歪な姿に見えるが、資本主義圏の景観・都市計画の評議会を思い起こせば、どのような世界にあっても不思議ではないシステムと考えられる。

 画像をご覧いただきたいが、1970年代ブームに盛り上がる2018年の今、これらのデザインは「いい線をいっている」と見える。ただ、これらが発表された時点で「やや、どこかの影響を受けているね」と評された可能性はある。

 リトアニアのデザインは、同国やバルト海の伝統文化をもとに西欧・スカンジナビア・ソ連の影響を受けている。

 前述のソ連のデザインシステムのなかでも西側との国際交流はあり、ソ連のなかでリトアニアを含むバルト三国のデザインは「西洋的」であるとの評価もあったようだ。物理的に「鉄のカーテン」に近く、海があり、リゾート地も控えているからだろう。このように2年前のドイツのデザイン誌には説明されている。

 カーライナの言葉を続けよう。

 「リトアニアのテイストと国際デザインの融合が図られたモノはいくつかの事例をみると分かります。問題は、どのようなデザインをこれからの指針とするかですが、これが難しい」

 ぼくが「ソ連時代のデザインはカタチだけで意味の領域には触れることができず、ソ連時代が終焉すると、逆にその時代のリアルなデザインを語る人が限られている。とするとデザインをリトアニアのこれからの社会づくりの根幹におこうとするとき、文化アイデンティティーが大きなテーマになるのではないですか?」と質問した際のカーライナの言葉だ。

 政府主導の文化アイデンティティーの確立を望むわけではないが、市民の判断力を高める元ネタは必要ではないか、と想像したのである。

 前回、カウナス工科大学機械工学・デザイン学部長のインタビューのなかで「エストニアはソフトウェアなどの無形、リトアニアは部品など有形が産業として強い」との言葉を紹介したが、これに繋がると思われるヒントをカーライナは語ってくれた。

 「エストニアはフィランドにあるような自然を素材とした工芸品の伝統があり、またアーティスティックなモノも多かったですね。リトアニアと傾向を異にするところで、エストニアがコンピューターのユーザーインターフェースの開発に強みを発揮する遠因の1つとも考えられます」

 今世紀に入り、特にこの10数年でリトアニアのデザイナーが国際ネットワークのなかで活躍するようになってきたが、ある程度の経済レベルの国になると共通にある現象だ。最初、富裕な家庭の子弟が欧州のデザイン学校に留学し、それが徐々にマスに広がる。そして彼らが教師のデザインスタジオで職業経験を積み、故国に戻り活動をスタートさせる。

 こうした対抗馬が多く、しかもまだリトアニアに完成品メーカーが少ないなかで、何を勝負の道具にしていくか。そして世界のデザイン潮流は、ローカル価値の再発見と発信である。

 リトアニアのデザイナーの自信の拠り所として、美意識や文化アイデンティティーがどう関係してくるだろうか。(安西洋之)

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。