【論風】揺れ動く日本の近代化 悪しきナショナリズム回避を

 

 トランプ米大統領は米国第一主義を唱えて、外国人労働者の制限と産業保護を主張し、英国は欧州連合(EU)脱退だ。他の欧州諸国でも同様なナショナリズムのポピュリズム政党が勢力を伸ばした。いずれの背景にも国民の所得格差の拡大がある。日本も現政権の憲法改正や領土問題、安全保障問題が絡み、ナショナリズムに傾く若い世代が増えているが、背景に所得格差の急激な拡大がある。(早稲田大学名誉教授・田村正勝)

 20年周期の波

 芥川龍之介は昭和2年の自殺の前に「漠たる不安で堪らない」と友人に訴えた。これは大正デモクラシーの国際化(グローバリズム)から、軍国ナショナリズムへと転換することを感じ取ったからであろう。

 明治維新以来の日本は20年ないし25年周期で、国際化とナショナリズムの間を揺れ動いてきた。明治維新からの20年間は、文明開化の国際化の波が強まった。しかし明治の後半は殖産興業と富国強兵でナショナリズムが高揚した。

 次の比較的短い大正時代は、大正デモクラシーの国際化が展開されたが、龍之介の不安通り、昭和に入ると太平洋戦争の敗戦まで軍国ナショナリズムの嵐であった。

 戦後二十数年間は米国模倣の国際化によって、敗戦の苦境から立ち直り、その自信から昭和40年代後半から再びナショナリズムに走り始めた。時あたかも三島由紀夫が45年(1970年)に「文化防衛論」を説き、自衛隊で自害した。戦後の米国一辺倒社会を批判し、日本固有の文化を取り戻す文化ナショナリズムの過激な主張であった。しかしその後の日本は文化ではなく経済ナショナリズムにのめり込んだ。

 これは「輸出第一主義ナショナリズム」であり、貿易相手国の産業を瓦解させるほどの過剰輸出を続けて経済成長を誇った。それゆえ主要国から睨まれ、85年のプラザ合意を契機に、円相場は85年の1ドル=240円から87年には120円へと2倍の円高に見舞われた。

 鍵は格差是正

 これを契機に90年代に入って経済ナショナリズムは終焉(しゅうえん)し、国際化に方向転換した。ただし、それは「経済主義」の反省ではなく、それまでの経済ナショナリズムの結果、次のような成り行きの国際化であった。

 ■経済主義の悪連鎖とバブル経済

 過剰設備投資⇒過当競争・低生産性・長時間労働⇒過剰生産⇒過剰輸出⇒輸出マネー流入・バブル経済⇒円高・企業の海外組立工場進出⇒海外工場へ機械・部品の持ち出し輸出⇒900億ドルの貿易黒字⇒さらなる円高⇒一層のアジア進出⇒日本・アジアのバブル経済とその崩壊。

 ■所得格差と消費不況の悪連鎖

 国内経済の低迷⇒輸出プッシュ⇒大企業による「下請け企業の搬入価格切下げ」の強要⇒中小企業の利益圧迫⇒賃金の全般的低下⇒消費不況⇒不況脱出のためのリストラ・非正社員の増加⇒未曽有の所得格差⇒消費不況の持続。

 ちなみに中小企業は現在約380万社で、86年に比べ150万社が消滅した。

 さて、このような第3番目の国際化の90年代初頭から二十数年を経て、憲法改正や領土・国防問題が再浮上し、他方で子供6人に1人が満足に食べられないほどの所得格差だ。これらが欧米諸国と同様なナショナリズムの基盤を形成しつつある。

 他方で米国製防衛装備の輸入拡大など米国追従策の度合いが強まったが、これに対する反発もナショナリズムを引き起こす。

 現在は、明治からの「国際化とナショナリズムの約20年周期交代」のナショナリズムへの転換期に当たるが、所得格差緩和策で、これを自覚的に阻止しなければならない。

【プロフィル】田村正勝

 たむら・まさかつ 早大大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。同大教授を経て現職。一般社団法人「日本経済協会」理事長。74歳。