【ビジネスアイコラム】色丹島の実効支配強めるロシア プーチン氏、開発進め“汚名”返上

 

 ロシアのプーチン大統領が今月上旬、露極東ウラジオストクでの安倍晋三首相との会談の直前に、北方領土・色丹島で行われた水産加工場の稼働式典にテレビ中継で参加するパフォーマンスを行った。色丹島は日ソ共同宣言で平和条約締結後の日本への引き渡しが明記された島で、日本の領土要求に譲歩しない姿勢を強く誇示した格好だ。プーチン氏の行動からはまた、同島統治における露政府の過去の“汚名”をすすぐ狙いもうかがえる。

 「成功を祈る。素晴らしく、やりがいがあり、そして何よりも重要なことだが、良い給与が支払われる仕事であることを確信している」。プーチン大統領は5日、色丹島で露企業「ギドロストロイ」が建設した水産加工場の稼働式典にウラジオストクからテレビ中継で参加し、工場従業員らに祝意を述べた。短い言葉の中に、色丹島への実効支配強化を進める明確な意志が伝わってきた。

 色丹島は面積が248.94平方キロメートルで、4島全体の5%に満たない規模の島だ。人口は、人が居住しているとされる3島中、最も少ない2917人(2016年時点、北方領土問題対策協会まとめ)にとどまる。

 色丹島は1994年10月に発生した北海道東方沖地震で壊滅的な打撃を受け、その後も経済回復の遅れなどから人口が流出。56年の日ソ共同宣言で、歯舞群島とともに平和条約締結後に日本に引き渡されると記されていることなどから、「日本に引き渡すことを視野に、あえて開発されていないのでは」との観測も絶えなかった。

 潮目が変わったのは2016年4月のことだ。プーチン大統領が国民の質問に直接答えるテレビイベントで、色丹島の水産工場で働いていたという女性従業員らが中継で出演し、半年分の賃金が未払いになっているなどとプーチン氏に訴えた。番組はロシア全土に放映され、プーチン氏が番組内で調査を命じ、10分後にはサハリン州検察が同工場への捜査開始を発表した。

 内容はともあれ、番組でのやりとりからは、露政府が色丹島への関与を強めるとのメッセージが伝わってくる。露政府は直後の5月、極東地域の土地を国民に無償分与する新法を成立させた。同法には、色丹島など北方領土も対象に含まれた。

 さらに17年8月には、色丹島への経済特区設置を発表。第三国の企業進出を促す特区創設に日本政府は「共同経済活動に悪影響が及ぶ」として懸念を表明した。しかしこれを機に色丹島の開発は本格化し、18年3月には米キャタピラーがディーゼル発電所建設に参入した事実も明らかになった。

 プーチン氏が祝意を表明したギドロストロイの水産加工場の建設にも、海外企業が全面的に関与している。アイスランドのプラントメーカー「スカギン 3X」で、同社はホームページでも建設計画や施設稼働式典の様子などを詳細に紹介している。同社のロシア事業部門幹部は取材に「ギドロストロイとの契約時に色丹島が領土問題を抱えているという事実を知らなかった。今回の稼働式典後に日本政府から抗議を受けたが、契約を破棄することは経営上、不可能だった」と打ち明けた。同幹部によれば、他にもアイスランド企業3社がプロジェクトに参画していたという。

 現地報道によれば、新工場の建設には65億ルーブル(約100億円)が投じられ、1日当たり900トンの魚の加工が可能という。既存の施設と合わせ、500人が雇用されるといい、色丹島の全人口(2917人)の実に6人に1人がこの水産加工場で働くことになる。

 色丹島での大型水産加工場の建設が北海道根室市などの漁業に影響を及ぼすかについて、北海道の行政関係者は「現時点では分からない」と答えた。同海域の水産資源量の実態が不透明で、工場がフル稼働するかも分からないためだ。ただギドロストロイ側は、「ロシアと中国での需要増に応える」としており、ロシア以外の第三国にも輸出する思惑があるもようだ。(産経新聞大阪経済部 黒川信雄)